静かな波が次第に高まっていく
波の音を聞いていると、スクリャービンの交響曲の持つ濃厚なロマンの世界を思い出します。まさに、波のような音楽です。彼の交響曲はもっぱら第4交響曲『法悦の詩』ばかりが取り上げられますが、濃厚なロマン性、波動のような独特な音の世界は、すでに第1交響曲から顕著に見られます。
スクリャービンは1872年にロシアで生まれました。ラフマニノフとほぼ同い年で、モスクワ音楽院では同級生でした。2人とも音楽院ではずば抜けて優秀で、卒業時にともに金メダルをもらったそうです。また、ともピアノ曲が得意で、曲想はロマンティックですが、
ラフマニノフは叙情的ロマンティシズム
スクリャービンは官能的ロマンティシズム
と対照的です。時代的にはチャイコフスキーとプロコフィエフ、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィッチの間をつなぐ存在として認識されていますが、スクリャービンの音楽的特徴は「つなぎの存在」をはるかに超えていると思います。
スクリャービンは交響曲を5曲作曲していますが、彼のピアノ曲と比べればマイナーな存在で、第1番、第2番に至ってはほとんど取り上げられることがありません。両曲とも
『トリスタンとイゾルデ』の亜流
とみなされても仕方がないほど、ワーグナー的です。しかし、そこにはワーグナー以上にロマン的、官能的な音楽が響いています。
波のような弦楽器の響き まるで夢の中をさまようようです
甘い木管楽器の響き 楽園の小鳥のさえずりのようです
衝動のような金管楽器の響き 非常にエロティックな雰囲気です
交響曲第1番は全6楽章からなり、最終楽章では、合唱が芸術賛歌を歌い上げます。この最終楽章は、前の5楽章と異なり、夢からさめたような明るさを持っています。まるで、ドラマのエピローグのようです。
第1楽章 レント
官能的な音楽の始まり。何もないところからドラマが始まる。
第2楽章 アレグロ・ドラマティコ
衝動が頭をもたげる。圧倒的な官能の波。
第3楽章 レント
楽園の休憩
第4楽章 ヴィヴァーチェ
楽園での目覚め。
第5楽章 アレグロ
濃厚なロマンの崩壊。夢の終わり。
第6楽章 アンダンテ
エピローグ。芸術による人類の救済。
蒸し返る夏の夜。スクリャービンの濃厚な音楽に身を浸してみたいと思います。暑苦しい夜に、濃厚な音楽を聴くと、余計に暑苦しくなるのではないかという気もしますが、濃厚なロマンは妙に気持ちのいいものです。