2009年06月13日

キーワードクラシック「田園」A ヴォーン・ウィリアムズ 田園交響曲(交響曲第3番)

夏草や兵どもが夢の跡(松尾芭蕉)

田園には癒しの効果があると思います。都市と田園、文明と田園というように、田園はそれ単独で成り立つ言葉ではなく、都市や文明社会と対比されて成り立つ言葉だと思います。したがって、僕たちは自然が語る以上のメッセージや意味を、田園から感じ取っているものです。

イギリスの作曲家ヴォーン・ウィリアムズ(1872〜1858)はイギリスの田園を愛した作曲家でした。晦渋な曲が多い彼の作品のなかで、田園をテーマにした曲はとても優れていると思います。彼の音楽の最大の得意技のひとつが田園情緒の描き方です。

彼の田園情緒あふれる名曲としては

あげひばり(ヴァイオリン独奏つきオーケストラ曲)http://yachaba.seesaa.net/article/114412232.html

田園交響曲(交響曲第3番)
交響曲第5番


があります。今日取り上げる田園交響曲は、第1次世界大戦後に書かれた作品で、穏やかに広がる田園風景を見ながらも、不安や戦いの影が、まるで風のざわめきのように思いに浮かんでくるようです。癒しと過去の戦いへの淡い思い出が交差した作品です。

第1楽章 独奏ヴァイオリンの主題で始まるその情緒は『揚げひばり』によく似ています。この主題はその後、木管楽器に受け継がれ揺れるような田園情緒を醸し出します。背後の重厚なオーケストラは、何か重いものを感じさせ、この曲が単純に田園風景を描いたものではないということが明らかにわかります。

第2楽章 ホルンやトランペットの遠方から聞こえてくるような弱い響きが印象的です。まるで古戦場跡で昔の戦いをしのぶような音楽です。

第3楽章 穏やかで瞑想的な第1、第2楽章とは違った、動的な音楽です。「これから戦場へ出るぞ」といったような雰囲気の音楽で、旋律もハリウッド音楽のようにわかりやすく、戦闘映画のいざ出陣といったシーンにぴったり来る音楽だと思います。

第4楽章 風に乗ってかなたから響いてくるような独奏ソプラノが印象的です。この響きはシベリウスの独唱ソプラノつき交響詩『ルオノンタル』によく似ています。実際にヴォーン・ウィリアムズは生涯シベリウスを敬愛していたそうです。

ソプラノの響きは田園の中で失われた命ささげられた花束

のように美しくかぼそい。やがて思いがこみ上げてくるのか、次第に音楽が強く波打ちます。最後は、草原のかなたに消え入るようにソプラノが聞こえます。


posted by やっちゃばの士 at 23:49| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヴォーン・ウィリアムズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月25日

キーワードクラシック「田園」B ヴォーン・ウィリアムズ 交響曲第5番ニ長調

 ここのところ、滝のような雨の日が多いですが、西日本では水不足が深刻なようです。僕の故郷の岡山も「晴れの国」なので、当然雨が少なく、岡山時代には節水を経験したことが何度かあります。

 今日も前回に続いてテーマは田園。再びヴォーン・ウィリアムズです。彼はその生涯に9つの交響曲を作曲しました。どの曲も個性が強く表れた傑作だと思いますが、親しみやすく、万人受けするものではありません。そんな彼の交響曲の中で、最初にその不思議な魅力にはまったのがこの交響曲第5番です。

田園交響曲(第3番)より田園の魅力にあふれている

というのが素直な感想です。田園情緒が大好きな僕は、最初この2曲を何度か聴きましたが、第5交響曲の方が惹きつける力が強く、ニックネームがあってもいいのではないかと思ったくらいです。両者の違いは

第3番は素直な田園情緒(絵画なら写実的な絵)
第5番は非現実的な田園情緒(絵画ならちょっとシュールな絵)


まるで、異次元世界にぽっかりと浮かんだ田園風景を見ているようです。この不思議な情緒が心に強く共鳴するのでしょう。

穏やかで瞑想的な弦樂器の響き
どこかうつろで不安げな木管楽器の響き

が非常に印象的です。この曲が作曲されたのは第2次世界大戦中でした。第3番は第1次世界大戦後の作曲で、戦争への悲痛な思いのようなものが感じられましたが、第5番は、戦争のさなかとあってか、悲痛さよりも、不安と不安を克服しようとする希望が強く表れていると思います。

この曲については、個人的には児島湾の干拓地の夕方の風景を思い描きます。

 初夏の夕暮れ時、まだあたりは明るいが、空気は霞んでいて、風はかすかに吹いている。どこか遠くから農機具の作動する小さな虫のような音が聴こえてくる。なぜか、ちょっと憂鬱な気分になるが、この風景の中をずっと走り続けたい。なにか懐かしさと希望を感じるから。過去でもあり未来でもあるこの時間を大切にしたい。


posted by やっちゃばの士 at 22:52| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヴォーン・ウィリアムズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月22日

ヴォーン・ウィリアムズ 『ロンドン交響曲』

 ドラッカーの処女作『経済人の終わり』を読んだ。すごい本だった。引き込まれて最初から最後まで一気に読んでしまった。ドラッカーについては、「マネジメント」や「仕事」など主に経営やビジネス系の著者というカテゴリーで捉えられることが一般的だが、それは結果論にすぎないと思う。彼のテーマはあくまで「人間」である。この処女作には、ドラッカーの根本的な思想がぎっしり詰まっている。ドラッカーを真に理解しようとすれば、本書を避けて通ることはできないであろう

 この本はファシズムに関して書いた本なのだが、ファシズムに対抗する人物としてチャーチルが登場する。僕の関心はチャーチルから第2次世界大戦、ロンドンへと移っていった。特に強烈に印象に残ったのは度重なるロンドンへのドイツ軍への空襲である。ロンドンは20世紀の初めには人口が600万人を超える世界最大の都市だった。市民はどのような気持ちで苦難の時代を過ごしたのだろうか。大都市ロンドンを音で描いた『ロンドン交響曲』を聴いてみようという気になった。

 『ロンドン交響曲』はヴォーン・ウィリアムズの9曲の交響曲の第2番目にあたる作品で、1912年から1913年にかけて作曲されている。作曲が完了した1913年は第1次世界大戦が勃発する前年であり、ヴォーン・ウィリアムズは41歳であった。したがって、この曲には戦争の影はなく、大都市ロンドンの日常の風景が生き生きと描かれている。各楽章には次のような標題がついている。

第1楽章 夜明け前から、ビッグベンの音とともに朝の目覚め、やがて街はにぎわいを増していく

第2楽章 夕暮れのロンドン。

第3楽章 夜のにぎわい。

第4楽章 貧者の行進

 このように交響詩的な内容を持っているが、作曲者はあくまでも交響曲のスタンスでこの曲を仕上げている。また、曲には作曲者の抒情と思想がこめられており、印象派風の音楽とは全く違った音楽になっている。

 オーケストレーションは英国の先輩作曲家エルガーのように地味ではなく、色彩感に富んでいる。ラヴェルに管弦楽法を学んだことが影響しているのだろうか。特に1楽章の色彩感は豊かでレスピーギの「ローマ三部作」に通じるものがあるように思う。ちなみに、「ローマ三部作」の作曲はいずれもロンドン交響曲の作曲完成よりも後の時代である。


17世紀〜20世紀半ばまでの世界の中心都市ロンドン
紀元前1世紀後半〜4世紀末までの世界の中心ローマ


 ヴォーン・ウィリアムズが現在のロンドンの街や人々の様子を描いているのに対し、レスピーギのローマは自然や遺跡や名所など風光明美と過去を偲ばせるものを描いているのは、この2つの大都市の特徴を象徴的に表しているように思う。従って色彩感と幻想美ではローマの方に長があるだろう。そのためなのか一般的には「ローマ三部作」の方が有名になってしまっているが、このロンドン交響曲はそれに決して引けを取らない名曲だと僕は思う。

posted by やっちゃばの士 at 00:21| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ヴォーン・ウィリアムズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月22日

ヴォーン・ウィリアムズ 交響曲第4番へ短調

 ヴォーン・ウィリアムズの交響曲の中で最高の傑作はどれだろうか。オーソドックスな交響曲のモデルを基本に考えると、やはり第4番が妥当ではないだろうか。
 
 田園の風景を彷彿とさせる田園交響曲や交響曲第5番は、ヴォーン・ウィリアムズでなければ書けない彼の交響曲の代表作であることは間違いがない。ただ、この2曲はオーソドックスな交響曲の基準から考えると、静的でローカル感が強いので、交響曲の中の代表とするのはいささか気が引ける。

 このことは、ベートーヴェンの交響曲の代表は?という質問に答えるのに似ている。『運命』も『田園』もどちらが代表になっても全く異存がないのだが、ハイドンが確立した交響曲のスタイルを基準に考えると、交響曲の代表は『運命』というのがふさわしいだろう。

 1872年生まれのヴォーン・ウィリアムズの交響曲の第1作の完成は1910年、30歳台も半ばを過ぎてからのことであった。



1910年 交響曲第1番『海の交響曲』
1913年 交響曲第2番『ロンドン交響曲』
1921年 交響曲第3番『田園交響曲』



と彼の交響曲は4番の作曲に至るまで、標題のついた交響曲のみを作曲しており、そのためか第何番という番号はいずれの交響曲にもついていなかった。そして、1934年彼ははじめて標題のない4楽章制の交響曲を完成する。

 この交響曲はヴォーン・ウィリアムズのそれまでの交響曲には見られなかった激しさや不協和音が目立ち、現代性を感じさせる。それまでの作品がローカルならば、この作品は国際性を帯びている。僕はこの国際性と全曲を貫く激しい音楽に、当時の作曲家の置かれた位置というものが大きく10年の間で変わってしまったように思う。

 ヨーロッパにおいて第1次世界大戦はそれまでの世界のフレームを塗り替える大きな事件だった。第1次世界大戦前と後では当時の人々の心には大きな変化があったのではないだろうか。第2次世界大戦への序奏を感性の豊かな芸術家ならば感じることができたのではないだろうか。

 また、第1次世界大戦はロマン派音楽もしくはロマン派交響曲の終焉をもたらした出来事であると見ることもできるのではないだろうか。第1次世界大戦以降に発表されたロマン派の傑作交響曲はシベリウスの第6、第7交響曲くらいだろう。そのシベリウスでさえ、1924年最後の第7交響曲を作曲した後は30年間の隠遁生活の入るのである。

 さて、ヴォーン・ウィリアムズの第4交響曲が作曲されていたころ、ヨーロッパでは重要な出来事が起こる。1933年のナチス政権の誕生である。ヨーロッパを覆っていくファシズムに、自由主義経済社会の旗手であるイギリスは脅威と不安を抱いたことだろう。やがて第2次世界大戦がはじまり、イギリスはドイツ軍の激しい空襲を受けることになる。

 この交響曲は標題音楽ではなく、音楽が伝える不協和音も静けさもすべてが作曲家の心に浮かんだ世界である。特に印象深いのが、第1楽章の嵐のような音楽の跡に訪れる静寂の世界だ。

この静寂は嵐の後の静寂か それとも 嵐の前の静寂なのか
美しい田園はじっと身をひそめて嵐が来るのを待っているのだろうか




posted by やっちゃばの士 at 07:20| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヴォーン・ウィリアムズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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