2008年08月21日

レスピーギ 交響詩『ローマの松』

 ピンクに染まった運河の向こうの空にうっすらと白い月が見える。運河の染まった色が次第に消えていく中、月は輝きを増していく。砂利船の音が透き通った大気の空に、前よりも増して、響くようになったような気がする。

 月夜の音楽はたくさんあるけれど、この時僕が聴きたいと思ったのは『ローマの松』の『ジャニコロの松』。旅人の異国の地での感動が伝わってきそうである。この感動の背後には、異国人としてのアイデンティティと歴史の結実体としてのアイデンティティの重み、存在価値の実感があるようである。アンデルセンの『即興詩人』のような思いだろうか。

異国の地での松林
あたりはすっかり暗くなり
フクロウのほうほうという鳴き声

白い松林の間に美しい月
僕は将来誰とこの月を見るのだろうか
この世界のどこかにいるその人

きっと僕と同じような思いで
この空を眺めていた人
そして、これからも眺めていく人がいるのだろう



posted by やっちゃばの士 at 19:12| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | レスピーギ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月23日

レスピーギ 交響詩『ローマの祭』

 今朝の、青空はいっそう高く、もう秋になってしまうのか。名残惜しさに今日もローマ三部作を聴いて夏旅行の気分に浸りたいと思う。

 僕も、この夏は子供たちを連れて、いくつかの祭りに参加した。この時期の祭りは、無病息災を願ったところから始まったものがほとんどであるといわれているが、『ローマの祭』で描かれた祭りの起源はキリスト教にある。僕はこの曲を聴くとき、歴史の重みとそれを誇る作曲者の思いを感じることができる。

 ローマ三部作全てにいえることだが、華麗なオーケストレーションとロマンティックな旋律に乗って、作曲者の火のような愛国心を感じる。だから、これらの作品には、情緒的な感動がある。スメタナの『わが祖国』もそうだが、美しい国、愛する国、誇りの国といった作曲者の思いが直接的に表現されているのが、これらの交響詩の特徴だ。その反対の例として、リムスキー=コルサコフの『シェヘラザード』は、物語を描いているということで、作曲者の思いは間接的に表現されている。

 今日の夜もひんやりとしている美しい『十月祭』のたそがれの情景を思いながら、夏の楽しかった思い出を懐かしみ、しのび寄る秋の気配に何かが起こるのではないかという期待を寄せた。
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posted by やっちゃばの士 at 00:10| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | レスピーギ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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