2008年03月22日

ベートーヴェン交響曲第1番ハ長調

 僕の独立への道のりもまだスタートしたばかり、いろいろな障害に突き当たると、少しひるんでしまうのだが、早くきっかけというか手ごたえのようなものをつかみたいと思っている。

 ベートーヴェンの第1交響曲は彼がウイーンに出てきてある程度成功を成功を収め、これから自分の時代が始まるぞと言わんばかりに、30歳を目前にして完成された。彼の1番、2番交響曲は若々しいエネルギーに満ち溢れており、何よりも彼の内面の世界がストレートに純粋無垢のままに表現されていてように思う。エロイカ以降の交響曲の完成度が高いが、それらは初期の2曲に比べて「よそ行き」の風格をどこか感じさせる。表現が難しいが「青年」と「壮年」の違いとでもいえようか。
 
 1楽章の冒頭の序奏など、何かが生まれたような感覚を抱かせるし、第1主題の冒頭など、さあこれからエンジンをかけるぞといったような感じだ。とてもスリリングだ。試行錯誤の混沌の中から、手ごたえをつかみ出し、僕も早くエンジンがかかるようになりたい。さあ今日もこの曲から力をもらおう。

バーンスタイン ウィーンPO(DG)

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2008年04月15日

ベートーヴェン ヴァイオリンソナタ第9番「クロイツェル」

 久々に、「クロイツェルソナタ」を聴いた。何年ぶりだろうか。この曲はベートーヴェンの傑作室内楽曲だが、なぜか僕は弦楽四重奏やピアノソナタのように積極的に聴きたいと思わないのだ。実は今回も春にちなんで「スプリングソナタ」を聴こうとしたのがきっかけだった。

 「クロイツェル」は「大公三重奏曲」と同じようにクラッシク音楽の頂点を極める「王者の風格」を持った曲。僕はいつのまにかスプリングソナタよりクロイツェルの方が春の陽気にふさわしいと思ってしまった。あまりにも春らしいので、トルストイが同名の「クロイツェルソナタ」を書いた気分がわかるような気もした。

 今でも覚えているが、大学1年の頃だっただろうか。青いバックにトルストイの写真が印刷された新潮文庫の同小説を買って読んだ。たしかタイトルが「クロイツェルソナタ、悪魔」と書いてあったと思う。長編小説で分厚い文庫本ばかりの彼の作品の中にあって薄っぺらな同小説は何か特別な意味があるような気がする。トルストイはこの曲を情欲を連想させるものとして捉えているが、僕はどうしてもそのようには思えない。鈍感なだけなのかもしれないが。
ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第5番「スプリング」&第8番&第9番「クロイツェル」ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第5番「スプリング」&第8番&第9番「クロイツェル」
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2008年04月18日

ベートーヴェン ピアノソナタ第4番

 ベートーヴェンは作曲家として駆け出しの頃から多くのピアノソナタを書いてきた。初期作品群とでも言うべきこれらは、後の傑作の影に隠れて目立たず、習作のようなイメージを抱いてしまうのだが、聴いてみると、ハイドン、モーツァルトの影響を受けながらも、紛れもなくベートーヴェンの音楽なのだ。

 この初期のプロトタイプのような作品群を聴くのは本当に楽しく、胸をわくわくとさせてくれる。この作品群というとらえ方が、何か1曲だけでの存在感がないためこんなふうに呼んでしまうのかもしれないが、わくわく感を増してくれるような気がする。有名な悲愴ソナタと初期の7曲を天秤にかけても、悲愴ソナタの存在感のほうが大きく感じるのだが、1曲、1曲を見ていくとそれぞれ個性を持っていて、まるでアメリカのような大国とアフリカの小国たちを比べるような感覚だろうか。

 初期のソナタ群の中にあって、存在感があるのがこのピアノソナタ第4番だ。1,2,3番から見れば大きく飛躍しており、規模が大きくシンフォニックな感じを抱かせる。悲愴ソナタから見れば、まだまだなのだが、1番から順番に聴いていくと、この4番で音楽が大きく飛躍しているのがはっきりとわかる。この快感はなんとも言いがたい。ベートヴェンの場合は、音楽の成長、進化が初期から後期まであまりにもすごいので、大きな進化、小さな進化が多重層になっており、ここの層を感じることはベートヴェンを聴く醍醐味である。さわやかな成長を願って今日もこの曲を聴こう。
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2008年04月28日

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第15番イ短調

 モーツァルトのト短調を小林秀雄が「疾走する悲しみ」と表現したことは有名だが、僕は「どのように人生を切り開いていくべきか」と悩んだとき、いつも思い浮かぶのがベートーヴェンの後期のいくつかの曲の主題である。「疾走する運命」とでも言うべきその主題とは、第9交響曲第1楽章や弦楽四重奏曲第15番の第1楽章、終楽章の主題のことである。

 第9は本当にすごい曲だと思うが、僕は終楽章があまり好きではなく、どうしても心の動きとして捉えたときアンバランスなよそ行きの感じがしてしまう。それに比べて、四重奏のほうはベートーヴェンの葛藤や心の動きがまことに自然にリアルに表現されており、何よりもそのメロディが美しい。

 この曲は一見悲劇的な感じがするが、終楽章は長調で閉じられているのが印象的だ。「疾走する運命」から「神への感謝」そして「現実世界の厳しさ」へ戻ってくるのだが、彼は現実を肯定的に感謝して受け止めようとしているのではないだろうか。ただ、それは彼の「理想」のように思えてならない。終楽章の短調から長調へ転調して短い時間で曲が終了するのだが、この短さが一瞬の祈りのような気がして、明日起きればまた厳しい現実が待っているのかもしれないという、何か問題が未解決なままのような印象を受けてしまう。

 彼はこの曲の後、2曲の弦楽四重奏曲を作曲するのだが、それらを聴くと、僕が感じた世界はあながちはずれていないような気がする。ただ、そんなことを考えなくても、本当にこの曲は美しく、力強く、武者震いを起こさせてくれる僕にとってはなくてはならない曲である。
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2008年05月22日

ベートーヴェン ピアノソナタ第8番「悲愴」

 5月もあと10日ばかり、社会人や学生の中には新しい環境の中で、ちょっぴりブルーになっている人もいるのではないだろうか。明るい朝日と美しい新緑を窓辺に望みながら、「悲愴ソナタ」を聴いて出かけてみよう。

 悲愴ソナタの序奏。成長する若者の痛みと希望が入り交じりながら、心が高ぶっていく。今までになかったベートーヴェンの飛躍とその表現の豊かさに酔いながら、僕にもできると言い聞かせるのだ。「悲愴」という表題はベートーヴェン自身が名付けたもの。「運命」だって「英雄」だって本人が名付けたものではないことを考えるとこの曲は特別な意味があるのだろう。

 この曲が作曲されたのは28歳の時。その4年後には有名なハイリーゲンシュタットの遺書を書くのだが、すでにこの時難聴に悩まされていた。初期の20代後半の作品群、この曲や交響曲第1番、弦楽四重奏曲から音楽の表現力が大きくなり、ロマン的な感情が見られるようになってくるのだが、僕はここに難聴との関係が少なからずあるような気がする。今までになかったフォルテッシモは難聴を打ち破ろうとする気持ちの表れであり、ロマン性は心が内的なイマジネーションの世界をより目指すようになったのではないかなどと考えてみたりもする。ただ、時代の流れとして19世紀からロマン派が台頭してくることを考えると、彼の飛躍は時代の流れとして必然的だとも言える。

 まあ、そんな理屈は抜きにして、どの楽章も本当に美しく、青年の永遠の感傷と前進しようとする意志として、成長力著しい新緑の季節に聴いてみたい曲である。
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」、第14番「月光」、第21番「ワルトシュタイン」、第23番「熱情」ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」、第14番「月光」、第21番「ワルトシュタイン」、第23番「熱情」
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ラベル:クラシック
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2008年05月26日

ベートーヴェン ピアノソナタ第11番変ロ長調「大ソナタ」

 今日は昨日と打ってかわって、快晴で爽やかな風が印象的だった。自転車に乗って街などを駆け抜けたら本当に気持ちがいいだろう。ここのところ自転車には全く乗っていないのだが。自転車といえば、この季節、故郷の吉備路をサイクリングしたことが懐かしく思い出される。古墳巡りなど少年の僕は大好きだった。

 さて、僕は先回ピアノソナタ第4番のところでベートーヴェンの初期の「作品群」という言葉を使った。これを「古墳群」にかけてみたい。サイクリングでもそうなのだが、小さい古墳群となると一つ一つの古墳のイメージや名前が思い浮かばないのだが、巨大な古墳や形のいい古墳は具体的なイメージが浮かんで親しみやすい。考古学ファンならそんなことはないのだろうが、ベートーヴェンのピアノソナタに置き換えてみた場合、ピアノソナタの作品群はベートーヴェンファンやピアニストは1曲1曲の姿を具体的に思い浮かべることができるだろうが、そうでない人は作品群のイメージしかわかないのではないか?

 ベートーヴェンのピアノソナタ巡りをしてみよう。作品1から出発して、多分最初に足を止めるのが先回あげた第4番「グランドソナタ」、次が第8番「悲愴ソナタ」そして次に足が止まるのがこの第11番「大ソナタ」ではないだろうか。ベートーヴェンらしい曲と言えば「悲愴ソナタ」よりもまさにこのソナタではないだろうか。冒頭の主題が何度も何度もまるでたたみかけるように展開、発展していく。またこの主題が「小粋な主題」で1度聴いたら耳から離れないような心地よさを感じる主題である。僕は30歳という記念すべき年に、青年ベートーヴェンの「してやったりという顔」が浮かんでしようがないのだが。

 上にあげた曲はいずれも1曲で一つの作品番号がついているし、「大ソナタ」というニックネームはベートーヴェン自身が付けたものなので、彼の意気込み120%といったところではないだろうか?本当にこの曲は器楽的な感じがするのだが、それでも美しい旋律も散りばめられていて20代を締めくくるにふさわしい傑作になっていると僕は思っている。
ラベル:クラシック
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2009年04月03日

ベートーヴェン ピアノ3重奏曲第7番変ロ長調『大公』

 4月を迎えて、暖かい日が続いています。まもなく桜の花も満開になることでしょう。この時期は、なかなか期待通りに暖かさが定着してくれないものです。暖かくなったかと思うと、いきなり寒い日がやってきます。

寒桜という言葉があるくらいです。


 『大公』トリオは、春の暖かい日にふさわしい。特に定着した春にふさわしく思います。春を感じさせてくれるピアノトリオは多くあります。例えば、

ブラームスのピアノトリオ第1番

このブログの出発の曲ですが、「匂い立つ春」と、「痛々しい春」が同居しているのが特徴です。ところが『大公』はどこまでも暖かい春、本当に情緒が落ち着いているのです。

大公の春は確定された暖かさ
いきなり寒い日はやってこない

安心と安定感があるのです。

090326_1002~01.jpg


このことはおそらくこの曲に対するベートーヴェンの作曲姿勢にあると思います。この曲のニックネームは『大公』ですが、この言葉には

堂々
威厳
貫禄

といった男性的なイメージがあります。ところが、この曲はとてもリラックスしていて、やさしく

本当に女性的

なのです。ベートーヴェンのピアノ三重奏曲、ヴァイオリンソナタ、ピアノ協奏曲などのジャンルは肩の力を抜いた親しみやすい曲が多いのが特徴です。おそらく、弦楽四重奏曲のように人生を探求するといった真剣な作曲の動機がなかったのでしょう。つまり


ジャンルによって作曲の目指すところが違っていた


それでも、この曲の安定感は抜群で室内楽の王様的な位置にあることは間違いないでしょう。シンプルですが、それ以上に美しい。


寒さの固まりが弾けて、春のリラックスした空気が充満しそうです




 
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2009年06月05日

キーワードクラシック「田園」@ベートーヴェン交響曲第6番ヘ長調『田園』

 緑や花が大変美しい季節となりました。東京は雨や曇りの日が多いですが、この時期一番美しいのは北海道でしょう。僕は札幌に2年間住んでいましたが、北海道の6月は、花と緑がいっぺんにやってきます。その時の感動は今でも忘れることができません。

 さて「田園」という言葉から人はどんな季節を想像するでしょうか。田園の風景にもには春夏秋冬があります。

 ほのぼのとひばりが舞う田園
 太陽がぎらぎらと照りつける田園
 刈り入れ時の楽しい田園
 厳しい寒さを耐え忍ぶ田園

人によってイメージは千差万別です。ただ、「田園」という言葉には、「都市」と対比する意味が暗黙的に含まれており、

癒し
のどか
潤い


を想像させることから、多くの人が春から初夏のイメージを抱くのではないかと思います。ここであげるベートーヴェンの『田園』交響曲もおそらく春から初夏をイメージする人が多いと思います。

雨の田園

僕は雨のこの季節に『田園』を聴くのが好きです。特に第1楽章を聴くときは、小雨のぱらつく田園風景を思い浮かべます。実は中学校の時、『田園』のレコードを始めて買ったのが雨の日だったのです。自らのこの体験が、共感覚として雨の日を連想させるのだと思いますが、この感覚はあながち的外れなものではないのではという気持ちもあります。なぜなら、

まだ田園の澄み切った光と空気と水

を感じないからです。夕方、都会から田舎へやってきたが、小雨がぱらついている。ちょっと散策して、今日はゆっくり宿で過ごすかといったような気分が満ちているように感じます。

『田園』にはそれぞれの楽章に作曲者自身が表題をつけています。

第1楽章『田園に到着した喜び』

上記に述べたように、まだ田舎についた喜びと、旅行の疲れが同居したような不思議な音楽です。僕がこの交響曲を初めて聞いた時、一番印象に残ったのが展開部です。ここでは喜びの鼓動が次第に大きくなっていくようなわくわくした音楽が響きます。ベートーヴェンの交響曲の主題展開部といえば、どの曲も提示部の第1主題がたたみかけるように展開されていくのですが、『田園』にはそれが見られません。したがって、この楽章にはほかの交響曲に見られるような緊張感がありません。喜びの鼓動は静まっていき、もとの落ち着いた雰囲気に戻ります。素朴に終わるところはまるで「お休み。また明日。」というちょっと疲れのようなものを感じます。

第2楽章『小川のほとりにて』

雨上がりの朝。澄んだ光と空気の中、きらきらと輝く小川へ散歩に出かける。小鳥の澄んだ鳴き声も聞こえてくる。聴覚と視覚に働きかけてくる本当に不思議な音楽です。この音楽を聴いていると、共感覚ということを考えてしまいます。

視覚と聴覚はつながっている

第3楽章『農民たちの集い』
非常にリラックスを感じさせる楽しい音楽です。田舎の空気満喫といったところでしょうか。僕はブルックナーのスケルツォ楽章のルーツはこの楽章にあるのではないかと思っています。

第4楽章『雷雨、嵐』
自分が嵐にあっているかのような錯覚を抱かせてくれる音楽。初めてこの曲を聴いたとき、ロッシーニの『ウィリアムテル』序曲の嵐と比較したのをよく覚えています。ただ、今では「嵐」と言えば、この曲を真っ先に思い浮かべます。

第5楽章『牧人の歌、嵐の後の喜ばしい感謝の気分』
雷雨の後の美しい虹を想像します。本当に感謝に満ちた音楽です。ベートーヴェンの感謝の歌は、たとえば弦楽四重奏曲第15番の第3楽章のように、すぐれたものが他にもありますが、田園の最終楽章ほど一寸の迷いや曇りのない音楽はありません。

haru.bmp
ミレー『春』


ベートーヴェンの田園は表題的な描写音楽のように見えますが、僕はとても内面的な音楽だと思っています。ベートーヴェンの純粋な心に浮かんだ美しい世界。

『田園』は人類史上最高の癒しの音楽

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2009年11月11日

ベートーヴェン ピアノソナタ第30番ホ長調

 ベートーヴェンの晩年のピアノソナタ3曲。これらは初期のソナタのように同時に作曲されたものではないが、その音楽の持つ抒情性と内向性は共通している。久々に聴いてみた。


瞑想性
透明感
内省的



 僕は1日を振り返る就寝前の時間にぴったりくる音楽だと思う。そして、かすかな


希望と期待



が見えるところが、ベートーヴェンらしい。明日への希望を抱きながら土砂降りの夜、僕は眠りに就いた。

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2010年02月16日

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番ハ短調

 冬の雨上がりの夕方。公園の木々が霧で霞んで見える。霧の先が見たいが、このまま霧に包まれていたいとも思う。それでもこのまま行くと霧がさあっと晴れていくのは間違いなさそうだ。


疾風怒濤


という言葉がある。この言葉はドイツ語のシュトルム・ウント・ドラングの訳語であるが、理性よりも感情に重きを置く芸術観、性質、表現などのことを表す。ドイツ語をそのまま訳すと「嵐と衝動」であり、上記で言う感情とは激しい感情のことである。

疾風怒涛の真っただ中にいる人間は、苦悩などを感じているはずなのだが、その苦悩と自らが同化することによって、その苦悩を味わう自分の姿を楽しんでしまうのだから不思議だ。


疾風怒濤の芸術は、明るい芸術作品と比べると、

強いメッセージ
強い吸引力


をもっている。ベートーヴェンの短調の作品がまさにそうである。そして、ベートーヴェンの短調の作品の中で最も、「疾風怒濤」的な作品は何だろうかと考えたとき、僕はまちがいなくピアノ協奏曲第3番をあげる。もちろん、

ピアノソナタ『悲愴』
第5交響曲『運命』
弦楽四重奏曲『セリオーソ』


など人によってその印象は異なるだろう。ただ僕は、次のような理由でピアノ協奏曲第3番が一番だと思う。


疾風怒涛には青年臭さが必要。『英雄』以降のベートヴェンではダメ
疾風怒濤には迫力と力強さ、重厚さが必要。オーケストラがいい


さて、この作品の1楽章冒頭の主題は、モーツァルトのピアノ協奏曲第24番ハ短調とそっくりだが、その後の展開の仕方が違うのが、両者の気質の違いが面白いほどわかって興味深い。


悲しみに浸るモーツァルト
悲しみを押しのけて進むベートーヴェン


このベートーヴェンの作品は、将来の希望、青空が見えるような安心感がある。うまく表現できないが、


見通しの良い楽想


がそこにはある。







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2010年06月18日

ベートーヴェン 交響曲第1番ハ長調そのA

 「学びて時にこれを習ふ、また悦ばしからずや。朋あり遠方より来たる、また楽しからずや。」(孔子)

 ベートーヴェンの交響曲第1番の第1楽章。作曲者の胸いっぱいの期待と喜びにあふれた音楽だ。よく「満を持して作曲発表した」といろいろな解説本に書かれているが、その通りだと思う。

 ハイドン、モーツァルトからの学びと独自性の詰まったこの交響曲はベートーヴェンがこの曲を発表した29歳までの音楽の集大成だと思う。


ハイドン、モーツァルトたちの交響曲の歴史
ベートーヴェンの29歳までの歴史


がこの短い序奏の中に詰まっている。僕がこの交響曲の中で、一番好きでまた一番すぐれていると思うのがこの短い序奏。出だしの和音の独創性ばかりが取り上げられるが、それ以上に、


作曲家として創造に携われる喜び
自分の時代が来たという自負

がひしひしと伝わってくる楽想こそベートーヴェンしか書けない音楽だと思う。何度も聴いていると第9の歓喜の歌に匹敵する賛歌なのではと思うのだ。

どの楽章も初期の交響曲とあってか、演奏時間が短くシンプルで、素人の僕でもべートーヴェンの特徴がよくわかる。僕なりに各楽章の特徴をまとめてみた。

第1楽章
@期待を膨らませる短い序奏
Aメカニカルな動きの第1主題(金聖響氏は「ベートーヴェンの刻みの音」と表現している)
B喜ばしい感情がにじみ出るような転調。序奏の最後の部分や、主題提示部の最後の部分

第2楽章
@ユニークな散歩しているかのような音楽

第3楽章
@メヌエットだがメヌエットならざる音楽。歌謡性が全くない
A非常にメカニカルな音の作り。第1楽章もすばらしいがこの楽章も革命的。

第4楽章
@冒頭の和音は第1楽章の最初の和音を連想させる。巧妙な仕掛け。
A躍動感に満ちたベートーヴェンらしい音楽。

 おそらく、誰しもがベートーヴェンの第1交響曲を聴くときに、「不滅の9曲の交響曲の最初の交響曲」という意識を持つため、些細なところに大きな意味を持たせたり、「英雄」」「運命」「田園」に劣らない傑作だと強調するかもしれない。ただ僕はそういった先入観や色眼鏡を捨てても、この交響曲は本当に評価されるべき曲だと思う。このような傑作が生み出された原因としてもちろんベートーベンの個性が一番大きいが、その個性を花開かせた様々な特殊な要因があるように僕は思う。

ベートーヴェンの第1交響曲の背景

@1800年に初演。ヨーロッパは新しい社会に突入しようとしていた。
Aドイツの片田舎ボン生まれの青年が成功を夢見てウィーンに上京。期待と野心。
B@Aによりベートーヴェン自身の英雄願望が時代のメルクマールに見事に連結した奇蹟。

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