2008年02月23日

シューマンピアノ4重奏曲変ホ長調

今日は突風が吹き荒れている。黄砂が舞っていて、空が異常に黄色くなっている。春一番なのかと思ったがそうではないらしい。トラック現場の運転手の話によると、温度がこれからどんどん下がってくるらしい。 
 昨年の今頃は、引っ越しの準備をしていた。3番目の子が生まれるので、それまでの住まいが手狭になったから。
 そのころ、好んで聴いていたのがシューマンのピアノ4重奏曲。この曲はシューマンのロマン性、独創性が自然な形で花開いた曲だと思う。シューマンの室内楽といえば、ピアノ5重奏曲があるが、僕は4重奏曲の方が傑作だと思っている。シューマンは正規の音楽教育を受けていないせいか、彼の音楽には妙に構えたところがあるように感じられる。そこがまた魅力的なのだが、この曲にはそれが感じられない。この曲と、チェロ協奏曲、幻想曲は、僕がどんな気持ちの時も抵抗なく聴ける曲である。

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2008年03月01日

シューマン交響曲第1番「春」

今日は3月1日なので「春」に関する曲について書こう。


春の題名がついた名曲はベートーベンのバイオリンソナタ「春」、ストラビンスキーのバレエ「春の祭典」、イギリスの作曲家ディーリアスのオーケストラ曲「春はじめてのかっこうを聞いて」などが他にあるが、冬から春への移行期にぴったりくるのがこのシューマンの曲だと思う。

 冬の寒い雪の地面の下から、すさまじい勢いで春のエネルギーが吹き出してくる。あたりはまたたく間に春の息吹に包まれる。1楽章などは聴いているとそんな光景が浮かぶ。

 ところで、シューマンのオーケストレーションは下手だとよく言われるが、確かにそんな感じのする曲である。シューマンは表現したいこと、言いたいことがいっぱいあるのだが、それらをオーケストラで十分に表現することが出来ていない、不完全燃焼のようなものを感じる。それでも、表現したいこと、言い尽くせぬ思いはとてもよく伝わってくるのだから、このアンバランスさが、この曲のおもしろいと思うところである。


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2008年09月13日

シューマン 交響曲第3番変ホ長調『ライン』

 秋で最初の連休がやってきた。まだ残暑が残るというのに、秋を味わいつくそうとする気持ちが先走って、紅葉もない山や渓谷に出かけてみたいと思ってみたりする。そんな時、シューマンのライン交響曲の感激が胸の中にいっぱいにあふれてくるのだった。

 僕は『春』の交響曲の所でも書いたのだが、シューマンの音楽は、作曲者自身の感激がとても大きく、作曲技法がそれについていかないようなところがある。ちょっとわかりにくいので例えを使おう。軽自動車で高速道路を時速160`でとばすような感覚である。(ますます、わからなくなってしまったかな)特に第1楽章の感激の気持ちは音楽自体よりもずっと強いことが、音楽を聴いていると感じられてくるのだから不思議である。

 シューマンの気質はフロレスタンとオイゼビウスの躁鬱をもって語られることは有名だが、この曲は典型的なインスピレーションに満ちて作曲したフロレスタンの曲である。調性も変ホ長調というフロレスタン調である。現にシューマンはこの曲を1ヶ月余りという異例の速さで書き上げている。

 職人ぽくない芸術家。結構独学に近い作曲の勉強。20歳をすぎてからの音楽家へのキャリア転換。作曲に勝るとも劣らない文筆力。この個性豊かな作曲家に僕はよく自分を重ね合わせてみたりする。
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2008年10月07日

シューマン チェロ協奏曲イ短調

 秋のちょっとひんやりした空気の中を一人歩く。暗い思いが暗闇の中で解放されたように自由に羽を持って飛翔する。希望を持って前へ進もうとするが、不器用な自分の姿に対するどうしようもない思いがこみ上げてくる。吹っ切れない思い・・・。

 シューマンのチェロ協奏曲は聴けば聴くほど味の出る曲。チェロがつぶやくように浮き沈みしながら、秋の森の中を彷徨う幻想曲のようだ。そうかといって、ヴァイオリン協奏曲のように悩みながら徘徊するような感じでもない。大げさな表現がなく、幽玄美と深い抒情がある種のさわやかさを与えてくれる。

 僕はこの曲を最初に聴いたときは、つぶやくような地味なチェロパートにとまどってしまったが、何度も聴いているうちに、とても奥の深い曲だと思うようになった。これぞシューマンの幻想曲中の幻想曲。シューマンのオーケストラ曲の中でも、クラシック音楽のチェロ協奏曲の中でも随一の傑作だと僕は思っている。

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2008年10月25日

シューマン ピアノソナタ第1番嬰ヘ短調

 目的地を目指して馬車を走らせる。馳せる思い。シューマンのソナタの第1楽章の冒頭は大地を蹴って疾走する白馬の足の響きのようだ。久々にこの曲を聴いてみた。
 
 ちょうど5年前長女が生まれた。僕の故郷である岡山で妻は出産した。僕は東京で仕事。陣痛の知らせを受けて、新幹線で岡山に向かったのだが、その時新幹線の中で繰り返して聴いていたのがこの曲だ。風を切って進む新幹線と僕の心とそしてこの曲。すべてのベクトルが一致していた。それにしても、このはやる気持ちをシューマンのこの曲は見事に表現している。クララへの思いが、鍵盤上を駆け上がっていくようだ。

 この曲は序奏もあって、長大な曲。シューマンのものすごい意気込みを感じる。全体としては、何だか不器用なまとまり方をしているようにも感じるのだが、そんなところがいかにもシューマンらしい。シューマンは小品向けの作曲家で、ソナタなどの大曲は不向きという評価が一般的だが、好き嫌いで言えば僕は断然大曲を取る。


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2009年01月31日

キーワードクラシック「冬」A

 昨晩から冷たい雨が降り続いています。街灯が冷たい夜空から降ってくる雨を白く照らします。東京では雨雨ですが、北国では雪が降っているのでしょうか。

 僕は札幌に2年間住んでいました。瀬戸内育ちの僕にとって、雪と氷と鉛色の空に閉ざされた北国の冬はとても辛かったです。冷たい大都市の明るい夜空からしんしんと落ちてくる白い雪。果てしなく続くこの光景を見ると、

シューマンのピアノ曲『交響的練習曲』

の旋律が浮かんできます。30分以上する大曲ですが、終曲の手前まで延々と暗く塞いだ抒情の音楽が変奏しながら続いていきます。


 シューマンはピアノ曲の作曲家としてスタートしました。初期の作品はほとんどピアノ曲で、多くの傑作を生み出しています。どの曲も独創的な発想によって作られており、非常にユニークですが、シューベルトやブラームスのような深い抒情やドラマティックでぞくぞくするような展開があまりないように僕は思っています。標題性やメルヘンにこだわるあまり、縦方向(内面)よりも、横方向(外面)に変化に富んだ作品が多くなっているように思います。

 彼のピアノ曲は、表題を持った小品が多く、ソナタなどの表題を持たない作品は少数派です。表題を持った曲に、ロマンティックな抒情を求めてしまうものですが、シューマンの場合は逆に表題を持たないソナタなどの曲の方がロマンティックなのではと僕は考えています。この『交響的練習曲』は、練習曲というタイトルからテクニックを連想しがちですが、ピアノのダイナミックな音響と深い抒情が味わえるシューマンのピアノ曲随一の曲です。

 この曲は13の変奏曲からなりますが、先に述べたとおり、暗く沈んだ抒情が延々と続いていきます。まるで、躁鬱だったシューマンの長い鬱世界を彷徨うがごとくです。それでも、この抒情はシューマンの晩年の作品に見られるような暑苦しい鬱はなく、しみじみとした心地よい抒情となっているのが特徴です。あえて言葉で表すと、

この抒情が雪がしんしんと降る抒情雪

にぴったりなのです。

さて、北海道では3月になって、少し暖かい空気になると、氷が溶けて地面が見えるようになるのではと淡い期待を持ったものです。

春が突然やってくる

 現実にはあり得ないことですが、この曲ではありえないことが起こります。終曲の第13変奏では、いきなり元気のいい長調になり

歓喜が演奏されます。晴れ

まるで

いっぺんに春が来たような音楽です。exclamation

 本当に突拍子もなく勝利がやってくるので、不自然な感じもしますが、躁鬱(フロレスタンとオイゼビウス)のシューマンだからこそ書けた音楽ということで、妙に納得してしまうものです。この最終部は何か今までためてきたエネルギーが爆発したような爽快感があり、とても聞いていて気持ちがいいのです。


フロレスタンとオイゼビウスについて
http://yachaba.seesaa.net/article/106514298.html




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2009年02月28日

シューマン ピアノ協奏曲イ短調

 ここのところ寒い雨の日が続いていますね。春を思いながら、シューマンのピアノ協奏曲を久々に聴いてみました。

 この曲を聴いて、僕がいつも感じること、それは、

シューマンは幸福な人生を送ったのだろうか

ということです。ご存じの通り、シューマンは40歳を過ぎてから、精神に異常を来すようになり、44歳の時、ライン川に飛び込みました。したがって、決して幸せな人生とは言えないのですが、彼の境遇を見ると、

愛妻クララとの夫婦生活
クララとの間に8人の子供
独創的な音楽の才能
優れた文筆力


といった申し分のない環境、才能に恵まれていました。そんな彼がなぜ飛び込み自殺を試みほど悩んだのでしょうか。僕が思いあたるのは、次の2つの点です。

ベートーヴェンのような大曲への固執
社会的には成功したと言えない



 シューマンが作曲家を目指した動機は、ベートーヴェンのような大作曲家になりたいというものでした。ところが、彼はベートーヴェンのような大曲は苦手でした。彼の得意とするところは、歌曲やピアノ曲などでポエジーを発揮することだったのです。別の言い方をすれば、フォーマルではなく、インフォーマルでこそ力を発揮した作曲家なのです。大曲と小曲、フォーマルとインフォーマルの間を不器用に行き来しながら、大曲、フォーマルでの成功を果たすことが究極的な成功なんだと思っていたのではないでしょうか。

 シューマンは職業的にも成功したとは言い難いです。作曲だけでは食べていけないので、指揮者などをしなければならなかったのですが、彼にはあまりいいポストが回ってきませんでした。独断ですが、大曲、フォーマルでの成功がないから、いいポストが回ってこないと彼は考えていたのかも知れません。

 さて、シューマンは躁鬱がひどい人でしたが、一般的に躁鬱がひどい人は、他人の評価を気にする傾向が強いと言われています。べートーヴェンのような大曲が書けないという自分の理想とのギャップ、そのために社会に思ったほど評価されないといった鬱積した思いがあったのかも知れません。

 前置きが長くなりましたが、ピアノ協奏曲はシューマンのいい面が全面的に出た傑作です。シューマン的ポエジーに満ちています。

シューマン的ポエジーとは

夢見るような抒情
妻や子供たちへの愛情
ロマン的なものへの憧れ


などです。

第1楽章
劇的に始まりますが、とても暖かい響きを持っています。クララとの愛を表現しているかのようです。短調ですが寂しさがありません。

第2楽章
シューマン的間奏曲。家庭での夢見るような幸福な生活が思い浮かんできます。

第3楽章
シューマン的勝利の行進曲。これでもかというくらい、しつこく繰り返される喜びの主題が印象的です。ちょっと躁的な音楽です。

 この曲は大曲であると言えますが、ベートーヴェンの大曲とはずいぶん違います。ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番『皇帝』がピアノ協奏曲の王様なら、この曲はピアノ協奏曲の女王だと言われることがありますが、この表現は的を射ていると思います。

 シューマンはピアノとその他の楽器を用いた曲をたくさん書きましたが、この曲はその中の3大傑作のひとつだと僕は勝手に位置づけています。

シューマンのピアノコラボ3大傑作

ピアノ協奏曲イ短調
ピアノ四重奏曲変ホ長調
ピアノ五重奏曲変ホ長調




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2009年04月06日

シューマン ピアノ五重奏曲変ホ長調

 桜の花が予想通り満開になった休日でした。僕はあまりにもわくわくして、早朝の散歩に出掛けたほどです。

 多くの人が花見へと心を躍らせながら、外へ出掛けていく

僕もそんな中の一人ですが、こんな心が躍る春には

シューマンのピアノ五重奏曲

を聴いてみたくなります。

 この曲はシューマンの『室内楽の年』と呼ばれる1842年に作曲されました。それまで、ピアノ曲と歌曲ばかり作曲していた彼が突如立て続けに室内楽に挑んだのです。

 満を持しての作品だからなのか、この曲の第1楽章には、ゲートが開いて一斉に飛び出す競走馬のような勢いとエネルギーがあります。技巧よりも心が先走るシューマンの特徴が本当によく表れていて、シューマンらしさ満点です。

 ただ、弦楽器の響きはくすんでいます。これはシューマンの室内楽全体にいえることですが、長調の曲では、このくすみは暖かい雰囲気を出すことに貢献しています。(逆に、短調の曲では非常に悩ましいもやがかかったようなすっきりしない雰囲気を与えてしまいます。)

シューマンの弦の響きは桜の花の重なりあった絨毯のよう 

 さて、桜の花はまだあまり散ってはいませんでしたが、ある通りにいくと、雪のようにひらひらと桜の花びらが舞い落ちていました。僕の娘たちは、舞い落ちてくる花びらを追いかけながら、集めていました。夕暮れ時でした。


桜散る夕べは寂しいものです。

 
 第2楽章は、沈んだ気持ちになり、葬送行進曲風の寂しくて印象的な主題が何度も繰り返されます。これも非常にシューマンっぽい音楽です。シューマンの緩徐楽章は、短くてあまり叙情的にならないのが特徴です。シューベルトやブラームス、チャイコフスキーたちのいわゆる郷愁を誘う情緒があまり感じられないのです。

 仮に、郷愁=ロマンティックとするならば、シューマンの音楽はロマンティックではなく、

夢想的

であるといった方が適切なような気がします。

 最後の楽章では、再び元気を取り戻し、勝ち誇ったような行進曲風な音楽になります。雰囲気がちょっとピアノ曲の傑作『謝肉祭』のフィナーレに似ています。

最後は行進曲で決めるシューマン

僕はここに音楽評論家としてのシューマンの気質を見ます。音楽に言葉や理屈は要らないと思うのですが、シューマンの音楽には他の作曲家には見られないストーリー性のようなものがあるのではないか。


シューマンの音楽には感動以外のものがあるから面白い


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