2010年05月22日

ヴォーン・ウィリアムズ 交響曲第4番へ短調

 ヴォーン・ウィリアムズの交響曲の中で最高の傑作はどれだろうか。オーソドックスな交響曲のモデルを基本に考えると、やはり第4番が妥当ではないだろうか。
 
 田園の風景を彷彿とさせる田園交響曲や交響曲第5番は、ヴォーン・ウィリアムズでなければ書けない彼の交響曲の代表作であることは間違いがない。ただ、この2曲はオーソドックスな交響曲の基準から考えると、静的でローカル感が強いので、交響曲の中の代表とするのはいささか気が引ける。

 このことは、ベートーヴェンの交響曲の代表は?という質問に答えるのに似ている。『運命』も『田園』もどちらが代表になっても全く異存がないのだが、ハイドンが確立した交響曲のスタイルを基準に考えると、交響曲の代表は『運命』というのがふさわしいだろう。

 1872年生まれのヴォーン・ウィリアムズの交響曲の第1作の完成は1910年、30歳台も半ばを過ぎてからのことであった。



1910年 交響曲第1番『海の交響曲』
1913年 交響曲第2番『ロンドン交響曲』
1921年 交響曲第3番『田園交響曲』



と彼の交響曲は4番の作曲に至るまで、標題のついた交響曲のみを作曲しており、そのためか第何番という番号はいずれの交響曲にもついていなかった。そして、1934年彼ははじめて標題のない4楽章制の交響曲を完成する。

 この交響曲はヴォーン・ウィリアムズのそれまでの交響曲には見られなかった激しさや不協和音が目立ち、現代性を感じさせる。それまでの作品がローカルならば、この作品は国際性を帯びている。僕はこの国際性と全曲を貫く激しい音楽に、当時の作曲家の置かれた位置というものが大きく10年の間で変わってしまったように思う。

 ヨーロッパにおいて第1次世界大戦はそれまでの世界のフレームを塗り替える大きな事件だった。第1次世界大戦前と後では当時の人々の心には大きな変化があったのではないだろうか。第2次世界大戦への序奏を感性の豊かな芸術家ならば感じることができたのではないだろうか。

 また、第1次世界大戦はロマン派音楽もしくはロマン派交響曲の終焉をもたらした出来事であると見ることもできるのではないだろうか。第1次世界大戦以降に発表されたロマン派の傑作交響曲はシベリウスの第6、第7交響曲くらいだろう。そのシベリウスでさえ、1924年最後の第7交響曲を作曲した後は30年間の隠遁生活の入るのである。

 さて、ヴォーン・ウィリアムズの第4交響曲が作曲されていたころ、ヨーロッパでは重要な出来事が起こる。1933年のナチス政権の誕生である。ヨーロッパを覆っていくファシズムに、自由主義経済社会の旗手であるイギリスは脅威と不安を抱いたことだろう。やがて第2次世界大戦がはじまり、イギリスはドイツ軍の激しい空襲を受けることになる。

 この交響曲は標題音楽ではなく、音楽が伝える不協和音も静けさもすべてが作曲家の心に浮かんだ世界である。特に印象深いのが、第1楽章の嵐のような音楽の跡に訪れる静寂の世界だ。

この静寂は嵐の後の静寂か それとも 嵐の前の静寂なのか
美しい田園はじっと身をひそめて嵐が来るのを待っているのだろうか




posted by やっちゃばの士 at 07:20| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヴォーン・ウィリアムズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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