2010年01月22日

リヒャルト・シュトラウス 交響詩『英雄の生涯』

 2010年を迎えて今回が初めてのエントリー。新年に聞くべきクラシックというテーマで考えていたのが、


リヒャルト・シュトラウスの交響詩『英雄の生涯』



この曲の冒頭の『英雄の主題』ほど、希望と期待を感じさせてくれる音楽はまずないだろう。

変ホ長調
躍動的なシンコペーション



ベートーヴェンの『英雄』をパクッたこの『英雄の主題』は完全にリヒャルト・シュトラウスのものである。大管弦楽によるその壮大さと色彩感は


まるで山の頂上からの俯瞰的な眺望のようだ


英雄への非難と嘲笑
英雄の妻
英雄の戦い
英雄の業績
英雄の死


と音楽は展開していくが、僕は思う。「なぜ、リヒャルト・シュトラウスは30代半ばにしてこのような曲をかいたのだろうか」

彼はこの曲を最後に交響詩から遠ざかり、オペラの作曲を始める。従って、交響詩作曲家としてのキャリアの総決算という意識があったのは間違いない。


リヒャルト・シュトラウスの交響詩の特徴は、すべてが「人物」を主題として扱っていることである。マクベスやドン・キホーテ、ツラトゥストゥラと様々な人物が彼の交響詩で主役として登場するが、おそらく彼らは


作曲者の分身である


彼は家庭では、妻の尻に敷かれていたという。また、ブラームスに異端児と言われながらも、調性音楽を最後まで貫き通したというその作風はきわめて保守的である。したがって、彼を一言で言い表すなら、


革新的な保守主義者


である。革新的な保守主義者は、得てして気が弱いものである。だから、空想の世界で変身するのである。ちなみに、僕の気質は結構彼に近い。だから、彼の音楽が好きなのかもしれない。



リヒャルト・シュトラウスは夢見る人だった。



願わくば、この曲のような1年でありますように。




posted by やっちゃばの士 at 20:35| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | リヒャルト・シュトラウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月31日

シューベルト ピアノソナタ第21番変ロ長調

 以前、「陽だまりの音楽」ということで、

ブラームスのピアノ四重奏曲第2番

をあげたことがある。寒い冬の日の陽だまりのような音楽と言えば

ブラームスとシューベルト

だろう。ちなみに、ブラームスのこの四重奏曲はシューベルトの書法の影響を受けている。

さて、シューベルトのピアノソナタ第21番。

シューベルト最後のピアノソナタ
生前発表されることはなかった遺作
天国的な長さと美しい歌
シューベルトの個性が花開いた傑作


などなど彼のピアノソナタの中では最も有名な作品だ。僕は19番、20番あるいはそれ以前のソナタの方が好きだが、やはり冬の晴れた日にはこの曲がもっともぴったりとくる。


第1楽章  ある冬の晴れた日。午前中の野山に青空が映える。聴こえてくる音楽は永遠のさすらい人シューベルトの美しくのどかな歌。

時折聴こえてくる低音のトリルは雷鳴のようだ

このトリルについて、おそらく誰もが運命的なものを感じるに違いない。この曲を作曲して間もなくシューベルトは亡くなったのだから。

展開部のシンコペーションはさすらい人の足取りのようだ

第2楽章 午後になって寒い風が身にしみる。なぜか心が悲しみの方向に流れていく。あの温かい晴れ間はもうないのだろうか。ひょっとするとこれは夢かもしれない。

第3楽章、第4楽章  美しい歌が続いていく

来るかもしれない春を夢見ながら


posted by やっちゃばの士 at 09:19| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | シューベルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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