2009年05月01日

ショスタコーヴィッチ 交響曲第3番『メーデー』

 新しい月、新緑の芸術の五月を迎えました。さわやかな音楽で五月最初の記事を始めたいところですが、5月1日ならではの曲について書いてみたいと思います。

ショスタコーヴィッチ 交響曲第3番『メーデー』

 5月1日はメーデーです。僕は共産党でも労働組合員でもないので、メーデーとは全く無縁ですが、このショスタコーヴィッチのあまり聴かれることのない交響曲のために、あえて「メーデー」を意識したのでした。なぜなら、

この交響曲を聴く機会はおそらく全くないから

です。

 ショスタコーヴィッチは15曲の交響曲を作曲しましたが、それらは作風から4つのカテゴリーに分けることができます。

@軽妙なハイドン風交響曲 1番、9番、15番
A情のこもった本格派交響曲4番、5番、6番、7番、8番、10番
B歌(反戦歌)つき交響曲  13番、14番
C革命をテーマにした表題交響曲 2番、3番、11番、12番

このカテゴリーの中で、一番聴れないのがCです。なぜなら、

1.革命という表題に音楽が縛られていて、普遍性に欠けるから
2.曲想が外面的で、機会音楽風であるから

第3番『メーデー』も、「」や「恐怖」を連想させるこの革命カテゴリーの中に入りますが、そういったキーワードを感じさせない、明るさと溌剌さをもった曲想になっています。

そこに僕が見出す景色は

明るい小川
真っ白な巨大なカンバス
巨大な広場で囀る鳥たち
真っ青な青空
同じ方向を向く群衆
不安の混じった希望

です。よく考えると、これはどこかで見たことのある風景です。そう、北朝鮮のニューススタジオの背景に描かれたユートピアです。

この曲を作曲した当時のショスタコーヴィッチの思想はわかりませんが、彼は当時25歳。これくらいの年頃の青年は、自信や野心に満ちあふれているものです。共産主義体制に対する不安があったかもしれませんが、同時に体制に期待するもの、時代の風潮に乗って上昇したいという気持ちもあったと思います。

若者独特のエネルギーと爽やかさがあります。



posted by やっちゃばの士 at 23:58| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ショスタコーヴィッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月06日

ブルックナー 交響曲第0番二短調

 5月の初め、新緑に激しく降り続ける雨。夜になっても激しく降り続く。夜散歩に出かけましたが、びしょびしょになりました。が、どんなに濡れても、どこまでも歩いていたいと思いました。


びしょびしょになりながらもしっかりと存在している


 ほの暗いブルックナーの交響曲第0番をのクレッシェンドの生命力をこのような時はいつも思い出します。この曲は、第1交響曲よりも後に作曲されたのにもかかわらず、0番という番号が付いています。作曲者自身が、この作品に対して自信を持てず、出版を引っ込めてしまったからです。

第1主題は一体どこにあるのかね?

この曲の初演の指揮者オットー・デッソフのこの一言はブルックナーに立ち上がれないような打撃を与えたのではないでしょうか。

この曲の第1楽章は確かに

@主題の輪郭がはっきりしていない。地味
Aどこがクライマックスなのかよくわからない
B優柔不断な流れ
Cほの暗いトーン


とさえないイメージを与えます。

それでもよく聞いてみると

@ブルックナーの特徴が詰まっている
Aときおりみせる美しい小鳥のさえずり
B成長力に満ちた音楽


さらに、第2楽章は美しいアダージョ、ミサ曲第1番のベネディクトゥスの美しい旋律が主題に使われています。


つまり、この地味な第0番二短調はブルックナー自身が「ばかもののように作曲した」と呼んだ交響曲第1番ハ短調よりも、ブルックナーの特徴と魅力が表れた傑作なのです。このことは、逆に交響曲第1番では、まだブルックナーの交響曲のスタイルが確立していないことを意味します。


交響曲第0番こそ真のブルックナーの交響曲第1番である


ブルックナーの交響曲作曲の軌跡をちょっとたどってみたいと思います。

1863年 交響曲へ短調(ブルックナーの特徴が乏しい習作)
1864年 ミサ曲ニ短調
1866年 交響曲第1番ハ短調
1866年 ミサ曲ホ短調
1867年 ミサ曲ヘ短調
1869年 交響曲第0番ニ短調

0番以降ブルックナーは立て続けに、交響曲を作曲していきます。逆にミサ曲はこの後一度も作曲していません。上記の1864年から1867年の間に集中して作曲しているのみです。これらミサ曲の作曲はブルックナーにとってとても重要な意味を持つのではないかと僕は考えています。彼は、ミサ曲で生涯初めての大成功を収めます。ここで、作曲のスタイルをつかんだのか、その後0番から3番までの交響曲には、ミサ曲のエコーがはっきりと響いています。


マーラーの初期の交響曲が角笛交響曲

ならば

ブルックナーの初期の交響曲はミサ曲交響曲

と呼んでもいいのではないか。ブルックナーの交響曲を考える上で、ミサ曲の存在は無視できない存在だと思います。僕はひとつの仮説を立ててみたいです。


0番以降の交響曲はミサ曲の延長線上にある
0番の第1楽章は「合唱のないミサ曲である」





posted by やっちゃばの士 at 01:43| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ブルックナー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月09日

ベルリオーズ 幻想交響曲

 ずいぶんと日が長くなりました。夕暮れ時、オレンジの光の中で、さわやかな風が若葉を揺らしています。運河は紫色に輝いています。

闇に包まれる前のこの時間をスケッチしよう

オレンジの光
西の空の薄い青
建物の深い影
闇の中を白くゆれる新緑
まぶしい街のライト

ベルリオーズの幻想交響曲のオーケストレーションは色彩的であると言われています。僕はこの季節のさわやかな夕暮れ時、いつも幻想交響曲1楽章冒頭の弱音器付きのヴァイオリンが弾く序奏を想います。
色彩的な音楽であるが故、5月の夕暮れ時の色彩感あふれる情緒と波長が合うのでしょう。
 
ベルリオーズの色彩感はストラヴィンスキーの色彩感と違って、極めて内面的です。

内面の色彩感、心の色彩感

この序奏の音楽ほど憧れと期待そして焦燥を心地よく表した音楽はないのではないでしょうか。

この内面的な色彩感

この交響曲が他の作曲家の標題音楽と一線を画するのはここにあると想います。逆の表現をすれば、色彩的な大オーケストラで内面を描いたのがベルリオーズです。


第1楽章「夢、情熱」
第2楽章「舞踏会」
第3楽章「野の風景」
第4楽章「断頭台への行進」
第5楽章「サバの夜の夢」


どの楽章も、独特の色彩的感をもっていますが、僕は憧れや期待が美しい音楽となって表れる第1楽章から第3楽章が特に気に入っています。有名な第4楽章、はちゃめちゃな第5楽章はちょっとグロテスクすぎて、ちょっと身を引いてしまいます。


甘い期待と一線を越えたときの厳しい現実


僕たちは、美しいものにあこがれる本性を持っています。ベルリオーズのように感受性が豊かであればあるほど、いろいろな妄想を浮かべるものです。特に美しい異性に対して、接近したい気持ちを抱くものです。

心臓がドキドキ。抑えきれない衝動。

ところが、非倫理的な立場で一線を越えてしまうと、後戻りできない厳しい現実の底に突き落とされることになります。幻想交響曲はまさにこのことを表しています。


想いは心のうちのとどめて昇華する


音楽をはじめとする芸術は、この昇華作用があります。つまり、芸術によって、僕たちは理性的な行動をとることができるのです。そういう意味で、

幻想交響曲は最も芸術的な作品

であり

芸術の中で一線を越えてしまうほど激しい情念が渦巻く作品
です。


つまるところは、激しい情念に襲われたとき

最後の最後に踏みとどまるための作品です。








 
posted by やっちゃばの士 at 23:08| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ベルリオーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月14日

サン=サーンス 交響曲第3番ハ短調『オルガン付き』

 夕暮れ時、夕日を浴びたうろこ雲が風に流されていきます。木々のざわめきが聞こえるくらい強い風が吹いています。

さあっと窓から入ってくる風にインスピレーションを感じる

「風の歌を聴け」
「風の又三郎」

 風は感性を刺激したり、停滞した空気、ふさがった心に、活路やひらめきを与えてくれます。

 サン=サーンスの交響曲第3番の第1楽章導入部冒頭の愁いに満ちた弦の響きに僕はインスピレーションのような何か特別なものを感じます。この導入部


まるで特別な光と風にすうっと包まれるような感覚


です。僕のこの感覚が正しいかどうかは疑問ですが、この和音の響きに始まるこの交響曲は、この作曲家の最高傑作であり、フランスの生んだ交響曲の最高傑作であることは間違いないと思います。

フランスの傑作3大交響曲と言えば、

ベルリオーズの幻想交響曲
フランクの交響曲ニ短調
サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」


ですが、曲の美しさ、独創的な構成と展開、高揚性などを考えると、サン=サーンスのものが1番なのではないかと思います。別の言い方をすれば、一番非の打ち所がないと言ってもいいかもしれません。

 実際、サン=サーンスの音楽は非の打ち所が無さ過ぎるということで、同時代の音楽界からはあまり評価されなかったといいます。この評価は現代までも足を引っ張っているようで、例えばピアノ協奏曲などもっと取り上げられてしかるべき曲だと思います。

 この曲を作曲したとき、彼は決して幸せであるとは言えない境遇にありました。一般的にサン=サーンスは音楽以外の分野でも博学の天才として有名ですが、何もかも満たされた幸福な人生を送ったようではないようです。

 それにしても、才能と教育環境に恵まれた作曲家は必ずしも幸福だったとは言えないのが、クラシック音楽界の不思議です。

モーツァルト
メンデルスゾーン

そして
サン=サーンス

逆に、決して幸せではなかったことが、深く心を打つ音楽を生み出すことができたとも言えるのですが。

 
 最後に、この交響曲は、オルガンが使われることから「オルガン付き」と呼ばれていますが、ピアノも登場します。オルガンがコラール風の主題を力強く演奏する最終楽章が有名ですが、それ以上に、そこに至るまでの音楽がとても感動的です。個々の楽章について、別の機会に取り上げたいと思っています。


posted by やっちゃばの士 at 18:52| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | サン=サーンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月21日

メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲ホ短調

 一般的に名前が良く知られていながら、その作品の一部しか知られていない作曲家の一人がメンデルスゾーンです。メンデルスゾーンの代表作といえば、

交響曲第3番『スコットランド』
交響曲第4番『イタリア』
劇音楽『真夏の夜の夢』


そして

ヴァイオリン協奏曲ホ短調

です。CDも多いのはこれらの曲だけで、不思議なことに他の曲は驚くほど少ないです。また、評伝などの書籍も本当に少ない。ということで、僕はメンデルスゾーンの肩を持っています。

 さて、ヴァイオリン協奏曲ホ短調ですが、この曲はクラシックファンの間では『メン・コン』の愛称で親しまれています。その抒情的な美しさとコンパクトにまとまった構成はまさにヴァイオリン協奏曲の女王です。

 それにしても、有名な第1楽章第1主題の旋律は不滅の名旋律だと思います。この曲に出合った時の感動を今でも思い出します。前にもスコットランドのところで言いましたが、僕のクラシック歴はメンデルスゾーンから始まりました。

『真夏の夜の夢』
『フィンガルの洞窟』
『スコットランド』
『イタリア』


 この風景や物語を想起させる美しいタイトルに惹かれて、僕は中学生の時LPを買いました。「きっとどこかで聞いたことのある名旋律があるに違いない」と胸を躍らせながら。実際に聴いてみると、大興奮。「メンデルスゾーンはベートーベンよりもすごい」ベートーヴェンの曲をまともに聴いたことがなかった当時、僕は本気でそう思っていました。それでも、ただひとつ不満がありました。それは、『真夏の夜の夢』の結婚行進曲以外は、巷で一度も聴くことがなかったからです。「なぜ、こんな素晴らしい曲をとりあげないのか」

 そんなとき、音楽の教科書にこのヴァイオリン協奏曲が載っているのを見つけました。この曲はメンデルスゾーンの代表作なのですが、ニックネームがないため、クラシックを聴き始めたばかりの当時、目に入らなかったようなのです。「今度こそ、誰もが知っている名曲に違いない」期待に胸をふくらませ、レコード屋へと向いました。

 そして、初めて聴いた時の大興奮。多分、冒頭の有名な旋律は聴いたことがなかったと思うのですが、あまりにも素敵な旋律に「これだ。これならだれもが知っている名曲でないはずがない」と思ったものです。

 この曲はメンデルゾーンが35歳の時に作曲されました。作曲を着想したのは30歳前の時だと言われています。『スコットランド』など他の大曲と同じく作曲終了まで数年を費やしています。指揮者としての活動が忙しかったことが外的な原因と言われていますが、僕は内面的な理由があるのではないかと考えています。10代後半に作曲された『真夏の夜の夢』序曲や弦楽八重奏曲に見られるこんこんとわきあがるような創造力とは別の創造力を後期の作品に感じ取ることができます

 ユダヤ人としてのアイデンティティ。『宗教改革』のところでも述べましたが、成人してからのユダヤ人に対する風当たりの強さは澄み切った彼の心に暗い影を与えたことは間違いないないでしょう。

 美しい作品に、彼は激しい思いと苦悩を封じ込めました。この曲は友人のヴァイオリニスト、ダビッドのために作曲されました。そう、彼は自分の苦悩よりもダビッドをとったのです。このことは、この曲をより一層美しいものにしていると思います。


posted by やっちゃばの士 at 23:59| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | メンデルスゾーン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月24日

ドヴォルザーク ピアノ協奏曲ト短調

 灰色の五月。突風が緑の木の葉を揺らす。突風の中を走り抜けていく。どこまでも僕は駆けていくだろう。若々しい心をもって。

ドヴォルザークは生涯に3つの協奏曲を作曲しました。

ピアノ協奏曲(35歳)
ヴァイオリン協奏曲(38歳)
チェロ協奏曲(54歳)


この中で、最もマイナーなのがピアノ協奏曲です。その理由というのが、どうやら技法や構成上に円熟味が足りないことにあるようです。僕はこの曲を聴くたびに、

名曲の条件とは何か  価値のある曲とは

ということを考えます。

表現の独創性
革新的な展開
時代的な進歩性


上記のような要素が、名曲あるいは価値のある曲ということになるのでしょうか。このことを考慮すると、ピアノ協奏曲は後者の2曲の影に隠れています。それでも、僕はドヴォルザークの協奏曲の中ではピアノ協奏曲が一番好きです。

憂いを含んだ瑞々しい情感
清冽な叙情
疾風のような曲の進行

ドヴォルザークの魅力がいっぱいです。この曲は作曲時期でいうと、作曲初期から中期に差し掛かかろうとする転換点で作曲されています。初期から中期の作品は

若々しく叙情的な旋律
スピード感のある進行


が特徴的です。これらの曲は、音楽史的に特に目新しいものがないので、めったに取り上げられることはありませんが、独特の魅力を持っており、おそらくドヴォルザークファンにとっては最も価値のある作品になるのではないでしょうか

交響曲第1番『ズロニチェの鐘』
交響曲第4番ニ短調

そして
ピアノ協奏曲ト短調






posted by やっちゃばの士 at 00:22| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ドボルザーク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月30日

フォーレ チェロソナタ第2番ト短調

 ここのところ連日の雨です。まだ梅雨入りしていないので、この時期ここまで雨が降り続くのも珍しい気がします。

 今朝も強い雨音に目を覚ましました。庭先の雨音は非常に心地よく聞こえます。草木に当たる雨音の

緊張感と癒しが共存した情緒

が僕は子供の頃から好きです。と同時に、ちょっとした憂鬱な思いをその情緒に乗せるのがまたいいのです。

IMGP1478.JPG

フォーレの室内楽

がこの季節の雨の日には似合います。特に、激しい雨の音と共に聴きたいのが、チェロソナタ第2番の第2楽章です。激しい雨が地を叩きつけるようなピアノの強打音に乗って、チェロが情熱的な「エレジー」を歌います。

エレジーとはフランス語で「悲歌」

という意味です。フォーレには、この曲とは別に有名なチェロとピアノの小品『エレジー』があり、普通フォーレのエレジーと言えばそちらのことを言います。それでも、激しさと内面的情緒の深さはこの晩年のチェロソナタの方が上です。

この2曲の作曲年を比較すると、

エレジー(35歳)
チェロソナタ(76歳)


となります。フォーレは晩年になってから聴覚障害に悩まされますが、そのころから数多くの室内楽の傑作を残しました。これらの音楽はとても内向的で、晦渋なところもあります。そういった室内楽作品の中でチェロソナタ第2番のエレジーは

唯一、輪郭がはっきりしたわかりやすい音楽

としてとても印象深いです。心の中で激しく降り続ける雨にフォーレはどのような思いを抱いていたのでしょうか。

IMGP1471.JPG








posted by やっちゃばの士 at 07:50| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | フォーレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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