2009年04月03日

ベートーヴェン ピアノ3重奏曲第7番変ロ長調『大公』

 4月を迎えて、暖かい日が続いています。まもなく桜の花も満開になることでしょう。この時期は、なかなか期待通りに暖かさが定着してくれないものです。暖かくなったかと思うと、いきなり寒い日がやってきます。

寒桜という言葉があるくらいです。


 『大公』トリオは、春の暖かい日にふさわしい。特に定着した春にふさわしく思います。春を感じさせてくれるピアノトリオは多くあります。例えば、

ブラームスのピアノトリオ第1番

このブログの出発の曲ですが、「匂い立つ春」と、「痛々しい春」が同居しているのが特徴です。ところが『大公』はどこまでも暖かい春、本当に情緒が落ち着いているのです。

大公の春は確定された暖かさ
いきなり寒い日はやってこない

安心と安定感があるのです。

090326_1002~01.jpg


このことはおそらくこの曲に対するベートーヴェンの作曲姿勢にあると思います。この曲のニックネームは『大公』ですが、この言葉には

堂々
威厳
貫禄

といった男性的なイメージがあります。ところが、この曲はとてもリラックスしていて、やさしく

本当に女性的

なのです。ベートーヴェンのピアノ三重奏曲、ヴァイオリンソナタ、ピアノ協奏曲などのジャンルは肩の力を抜いた親しみやすい曲が多いのが特徴です。おそらく、弦楽四重奏曲のように人生を探求するといった真剣な作曲の動機がなかったのでしょう。つまり


ジャンルによって作曲の目指すところが違っていた


それでも、この曲の安定感は抜群で室内楽の王様的な位置にあることは間違いないでしょう。シンプルですが、それ以上に美しい。


寒さの固まりが弾けて、春のリラックスした空気が充満しそうです




 
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2009年04月06日

シューマン ピアノ五重奏曲変ホ長調

 桜の花が予想通り満開になった休日でした。僕はあまりにもわくわくして、早朝の散歩に出掛けたほどです。

 多くの人が花見へと心を躍らせながら、外へ出掛けていく

僕もそんな中の一人ですが、こんな心が躍る春には

シューマンのピアノ五重奏曲

を聴いてみたくなります。

 この曲はシューマンの『室内楽の年』と呼ばれる1842年に作曲されました。それまで、ピアノ曲と歌曲ばかり作曲していた彼が突如立て続けに室内楽に挑んだのです。

 満を持しての作品だからなのか、この曲の第1楽章には、ゲートが開いて一斉に飛び出す競走馬のような勢いとエネルギーがあります。技巧よりも心が先走るシューマンの特徴が本当によく表れていて、シューマンらしさ満点です。

 ただ、弦楽器の響きはくすんでいます。これはシューマンの室内楽全体にいえることですが、長調の曲では、このくすみは暖かい雰囲気を出すことに貢献しています。(逆に、短調の曲では非常に悩ましいもやがかかったようなすっきりしない雰囲気を与えてしまいます。)

シューマンの弦の響きは桜の花の重なりあった絨毯のよう 

 さて、桜の花はまだあまり散ってはいませんでしたが、ある通りにいくと、雪のようにひらひらと桜の花びらが舞い落ちていました。僕の娘たちは、舞い落ちてくる花びらを追いかけながら、集めていました。夕暮れ時でした。


桜散る夕べは寂しいものです。

 
 第2楽章は、沈んだ気持ちになり、葬送行進曲風の寂しくて印象的な主題が何度も繰り返されます。これも非常にシューマンっぽい音楽です。シューマンの緩徐楽章は、短くてあまり叙情的にならないのが特徴です。シューベルトやブラームス、チャイコフスキーたちのいわゆる郷愁を誘う情緒があまり感じられないのです。

 仮に、郷愁=ロマンティックとするならば、シューマンの音楽はロマンティックではなく、

夢想的

であるといった方が適切なような気がします。

 最後の楽章では、再び元気を取り戻し、勝ち誇ったような行進曲風な音楽になります。雰囲気がちょっとピアノ曲の傑作『謝肉祭』のフィナーレに似ています。

最後は行進曲で決めるシューマン

僕はここに音楽評論家としてのシューマンの気質を見ます。音楽に言葉や理屈は要らないと思うのですが、シューマンの音楽には他の作曲家には見られないストーリー性のようなものがあるのではないか。


シューマンの音楽には感動以外のものがあるから面白い


posted by やっちゃばの士 at 00:12| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | シューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

キーワードクラシック『入学式』

 桜の花がひらひらと舞い、新しい若葉が目立つようになりました。桜が散ってからの成長ってとても早いですね。若葉がいつの間にか育っているように、時もあっという間に流れていきます。

 今週は入学式のところも多いと思います。先回、『卒業式』だったので、今日は『入学式』です。僕は、入学式にはあまり思い入れがないのですが、今が旬の出来事なので、今回のテーマにしてみました。

 入学式でのクラシックといえば、

ワーグナー『ニュルンベルグのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲
ワーグナー『タンホイザー』入場行進曲
ブラームス『大学祝典序曲』
エルガー 『威風堂々』
など

ちょっと軽めでは

ビバルディの『春』

があると思います。まだまだ他にもあると思いますが、やっちゃば士的な曲を上げると

グリーグの『ホルベルク組曲』第1曲前奏曲

 弦楽合奏のさわやかさがフレッシュな雰囲気にぴったりです。入学式はヘビー級よりもライト級の曲の方がしっくり来るように僕は思います。この曲には祝祭的な要素もあるので、結構いけるのでは。

http://yachaba.seesaa.net/article/113354919.html






posted by やっちゃばの士 at 22:58| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | グリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月09日

グリーグ ヴァイオリンソナタ第3番ハ短調

石ばしる 垂水の上の さわらびの 萌え出づる春に なりにけるかも
(志貴皇子 万葉集より)

 春の小川のせせらぎを聞いていると、このみずみずしい感性に満ちた歌がいつも心に浮かびます。そして、

この歌とともに浮かぶのが

グリーグのみずみずしい音楽です。グリーグが生涯をかけて作曲したピアノ曲『叙情小曲集』。この曲集のタイトルが彼の音楽の本質を表しています。

素朴でみずみずしい叙情
妻への暖かい愛情
祖国ノルウェーの自然への愛情

曇りのないいぶし銀のような魅力を持った彼の作品の中で、数少ない大曲の名作のひとつとして、

ヴァイオリンソナタ第3番

があります。

 冷たい冬が去って、眠っていた春が目を覚ます。命の誕生。誕生した春は力強く成長していく。この曲は大きな構成の中に、とても叙情的な旋律がちりばめられていて、第3楽章ではグリーグにしては珍しい力強い舞曲風の音楽が登場します。とても、充実した作品だと思います。

ヴァイオリンは次第に暖かくなる大気

ピアノは雪解け水のようにみずみずしい

 ピアノ協奏曲も同じような情緒を持っています。グリーグは「春来るかな」を最も感じさせてくれ作曲家かも知れません。

posted by やっちゃばの士 at 23:45| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | グリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月15日

シューベルト 弦楽五重奏曲ハ長調

 もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし
(前大僧正行尊 百人一首)

 グレイト交響曲、3曲のピアノソナタ、歌曲集『白鳥の歌』と並んで、シューベルトの生前には演奏されることはなかった大作が

弦楽5重奏曲ハ長調

です。この曲の初演は、シューベルトの死後22年経った1850年。人が立ち入ることのない山里の桜のように、その美しい姿を認識されることを待っていたのでした。

 シューベルト最晩年の作品に見られる天国的な長大さと美しさに満ちています。僕はこの曲を聴いていると、

どこまでも白くかすんだ果てしのない春の夢

を見ているような気持ちになります。「白昼夢」という言葉がありますが、まさにそんな感覚です。弦楽四重奏曲のところでも書きましたが、春が来そうで来ないシューベルトの心の中に、巨大に膨らんだ春の夢がいっぱい詰っています。

それにしてもこの巨大な作品はなぜ日が当たらなかったのか

 シューベルトの晩年の巨大な作品を発見して、絶賛したのがロベルト・シューマンでした。僕の推測ですが、シューマンは彼が目指していた音楽のひとつの理想をシューベルトの美しく長大な作品に見つけたのではないかと思うのです。シューマンの交響曲や室内楽を聴くたびに、この人はもっと長大な曲が書きたかったのではないかと思わされます。

 現代は情報が簡単に手に入る時代です。優れたものがあれば、あっという間に知れ渡ります。シューベルトの時代においては、それがかなわなかったわけですが、ひょっとしたら現代においても本当に価値のある優れたものが日の目を見ないで、ひっそりと美しく咲いているかもしれない。美しい音楽を聴きながら、そんなことを思ってみたりするものです。

posted by やっちゃばの士 at 00:33| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | シューベルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月18日

リヒャルト・シュトラウス交響詩『マクベス』

 リヒャルト・シュトラウスの優れた交響詩の中にあって一番マイナーな存在が、リヒャルト・シュトラウスの交響詩の処女作

交響詩『マクベス』

です。知名度は地味ですが、内容は、荒々しく男性的な主題、高揚感は抜群で、耽美的な女性的な主題も忘れずと、高コレステロール的音楽好きにはたまらない作品です。気持ちを高揚させてくれる音楽としては、メジャーな傑作

交響詩『ドン・ファン』
交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』
の上を行くと思います。円熟された技術よりも、若々しい新進気鋭の青年作曲家の気合という点で、他の交響詩にはない魅力があります。

荒々しいマクベスの主題
優しく叙情的なマクベス夫人の主題
勇壮な勝利の行進

 さて、マクベスは言わずと知れたシェークスピアの作品ですが、シェークスピアの傑作の中で、最も残忍でえぐい作品です。魔女や亡霊、悩み、殺意など美しい音楽とは相容れないキーワードに満ちています。ところが、リヒャルト・シュトラウスの作品はこのグロテスクな雰囲気を全く感じさせません。物語が作曲家のフィルターを通して、かなり違った雰囲気に再構成されているように思います。このことは、他の彼の交響詩にも見られることで、リヒャルト・シュトラウスの交響詩の特徴です。

 ロマン・ロランはリヒャルト・シュトラウスについて次のように述べています。

「リヒャルト・シュトラウスは詩人であり、同時に音楽家である。この2つの性質が彼の中に共存して、一方が他方を征服しようとしている。ヨーロッパには偉大な音楽家が他にもいるが、リヒャルト・シュトラウスは同時に英雄的人物の創造者である。」

ちょっと、大げさな賛辞の言葉ですが、僕はこの詩人という言葉を哲学者に置き換えてもいいのではないかと思っています。彼は、歴史的(物語中の)人物に自らの姿を投影させて、新しい物語を再構成するという点で非常にユニークな存在です彼の他の交響詩のタイトルとそこに登場する人物がそのことを物語っています。ちなみに、ベルリオーズが「マクベス」に音楽をつけたら、もっとグロテスクで劇のイメージに近いものが出来上がっていたでしょう。

 最後に、リヒャルト・シュトラウスの交響詩で重要なキーワードを上げておきます。

@女性(マクベスでは3人の魔女、マクベス夫人)
A英雄(マクベス)
B人生(マクベスの生涯)
posted by やっちゃばの士 at 00:16| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | リヒャルト・シュトラウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月21日

ブラームス ヴァイオリンソナタ第1番ト長調『雨の歌』

 夕方から雨が降り続いています。傘をささずにちょっと外へ出かけましたが、とても気持ちのいい雨でした。おそらく、桜の木の若葉からこぼれる水滴がとても新鮮に僕の眼に映っていたからかもしれません。

 暮れていく中、一人雨の音を聞きながら書き物をする

こんな時、『雨の歌』の第2楽章のほの暗くも抒情的な音楽がぴったりです。冷たい冬は去って、雨の一夜を明かせば、暖かい日差しの朝が待っている。

 第1楽章と第3楽章の明るく美しい音楽に挟まれたこのアダージョは、沈んだ情緒の中にも、何か期待感のようなものが感じられて、何度聞いても心地よい音楽です。

 そして、第3楽章のアレグロ『雨の歌』。期待感を抱きながら、帰路につく身に、しとしとと降り注ぎ続ける雨。心地よいけれども、心持足を速めている自分に気付きます。

 この作品はブラームス円熟期の作品ですが、春を思わせるとても明るくて美しい音楽です。ピアノ三重奏曲第1番や弦楽六重奏曲第1番のような、悩ましくて激しい思いの春ではなく、落ち着いた春の雰囲気です。このあたりはやはり円熟期の作品だからでしょう。

 それにしても、ヴァイオリンソナタは春の雰囲気にぴったりくる曲が多いです。このブログで取り上げたものでも

ベートーヴェンの『春』、『クロイツェル』
フランクのソナタ
フォーレのソナタ
ドヴォルザークの小品
グリーグのソナタ


があります。まだまだたくさんあるのですが、別の機会に取り上げたいと思います。








posted by やっちゃばの士 at 23:16| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ブラームス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月27日

シューベルト 劇音楽『キプロス島の女王ロザムンデ』

 桜の木のトンネルをくぐると、若葉の香りがとても気持ちいいです。若葉の香りに誘われて、ちいさな生き物たちが活動を始めるようになりました。

抒情的な物語の音楽


この季節になると、なぜだか胸がわくわくして、次のようなキーワードが心に浮かんできます。

「若葉」
「みどり」
「霧」
「林」
「青い水」
「夜」
「ランプ」
「妖精」
「女王」


よくよく考えると、これらのキーワードが登場するのはメルヘンティックな物語にぴったりです。この季節に聴きたくなる曲として

モーツァルト  歌劇『魔笛』
シューベルト  劇音楽『キプロス島の女王ロザムンデ』
メンデルスゾーン劇音楽『真夏の夜の夢』


タイトルからして、とても惹きつけるものをもっています。なぜだかわかりませんが、僕は昔からこの3曲が持つ澄んだ抒情は特別なものがあると思っています。そういえば、この3曲は音楽史的には

ロマン派初期(萌芽期)の作品

です。

ロマン派初期と初夏の共通キーワード「さわやかさ」が僕の頭の中で、この両者を結び付けるのかもしれません。


さて、『キプロス島の女王ロザムンデ』は、ネームバリューでは他の2曲に劣りますが、美しさと親しみやすいメロディと力強さは3曲の中では随一です。つまり、シューベルトの音楽の特徴がそのままストレートに表れているのが『ロザムンデ』なのです

『魔笛』と『真夏の夜の夢』は音楽と劇ともに上演されますが、『ロザムンデ』の劇は全く上演されないばかりか、歴史的に忘れ去られた存在です。つまり、音楽だけが現在に残っているのです。僕は、劇の内容など何でもいいと思っています。

ただ美しい音楽だけあればいい


全曲どこをとっても美しいが、強いて言えば、前半の方が、力強さもあってシューベルトのオーケストラ曲の醍醐味を味わえると思います。

序曲 明るくて堂々としたシューベルトの魅力満点。実はこの序曲は他曲からの転用ですが、そんなことはどうでもいいと思わせるくらいよくできていると思います。

間奏曲第1番 序曲同様力強さと細やかな情緒に満ちています。間奏曲にしてはシンフォニックで重厚です。

間奏曲第2番 暗くちょっと不気味。シューベルトのデモーニッシュ的な一面。劇のため後期の曲のように深淵には入らないので、さわやかさを感じてしまいます。

間奏曲第3番 有名なロザムンデの旋律。どこまでもこの美しい歌を聴いていたいです。



posted by やっちゃばの士 at 23:29| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | シューベルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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