2009年02月04日

ヤナーチェク 交響的狂詩曲『タラス・ブーリバ』

 現代は多様性社会です。多様性とは

一概にこれはこうだ

といいきれないことだと思います。それでは、多様性とは個性がないのでしょうか。多様性の一面一面はそれほど個性やオリジナリティがなくても、それらが組み合わさったとき、驚くべき個性を発揮するものです。

 ひとつひとつの専門能力よりも、専門能力を組み合わせる能力が求められています。本で言えばコンテンツとなる専門知識よりも、専門知識をどのように組み合わせて魅せるかという編集能力の方が求められていると言ってもいいでしょう。

 ドヴォルザーク、スメタナに次ぐチェコの作曲家ヤナーチェクの『タラス・ブーリバ』はどんな曲ですかと尋ねられた時どのように答えるのがいいでしょうか。

ヤナーチェクの管弦楽の傑作
東欧の管弦楽の傑作
愛国心にあふれた曲
物語を描写している曲


いろいろあると思いますが、僕の答えは

多様性が結集した東欧の作曲家が産んだ交響詩の最高傑作
です。

ワーグナー風な音楽
印象派風の音楽
民謡風な音楽
モダンな管弦楽法


いろんな要素が、親しみやすい旋律と巧みなオーケストレーション、そしてヤナーチェクの火のような愛国心で見事に一つになっています。もっとメジャーになってもおかしくない傑作です。

『タラス・ブーリバ』とはゴーゴリの同名タイトルの小説の主人公(コサックの首領にして予言者)の名前です。ヤナーチェクはこの小説を読んで感銘を受け、この小説に基づく標題音楽を作曲したのでした。

第1曲アンドレイの死
アンドレイはタラス・ブーリバの次男。とてもロマン的な音楽。途中から不穏な空気が忍び寄ってくる。最後はばっさりと事切れたように音楽が終わる。

第2曲オスタップの死
オスタップはタラス・ブーリバの長男。非常にユニークで親しみやすい行進曲。一度聞いたら忘れられないリズム。第1曲同様途中から不穏な空気が忍び寄ってくる。高音のクラリネットの強奏が残虐さを演出する

第3曲タラス・ブーリバの予言と死
怒りと苦悩の不気味な音楽で始まる。彼も捕らえらるが、予言を口にする。「コサックは不滅だと」オルガンの壮麗な響きに乗って流れる輝かしい旋律が印象的。これでもかというほど繰り返される。

 物語だけを見ると、決して感動的ではなく、シニカルな内容ですが、音楽を聴いていると、とても刺激的です。同時代のストラヴィンスキーにもバルトークにもない、この音楽の持つ個性は何物にも代え難い魅力があります。



posted by やっちゃばの士 at 06:56| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤナーチェク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月06日

マーラー 交響曲第5番嬰ハ短調

 先日、告別式に参加しました。ホールで流れていたのは、先日のブログで取り上げた

グリーグの『ホルベルグ組曲』の第4曲アリア

でした。僕は記事の中で

夜の暖炉のそばで物思いにふける(深淵を覗く)音楽


と書きましたが、告別式のホールで聴いてみると、


苦難だった昔の日を回想する音楽


にぴったりだと思えてきました。グリーグがどのような思いで作曲したのかわかりませんが、このアリアがとても深く情を震わせる名曲であることを改めて認識しました。

告別式の音楽は胸を打つものが多いですが、一昨年、ある告別式で胸を打たれたのが今日の1曲、


マーラーの交響曲第5番のアダージェット


 この弦楽器とハープで演奏されるアダージョはマーラーの書いた音楽で一番美しく、おそらく一番知名度の高い曲でしょう。僕はあまりにもこの曲が切ないので、この曲を聴くことはほとんどなかったのですが、この時、この曲の持つ力に改めて気づいたのでした。

 このアダージョを第4楽章に持つマーラーの第5は、マーラーの最も創作欲の旺盛な時に作曲された傑作と評されています。この曲はよりストレートに作曲者の心が吐露されている曲だと思います。だからこそ、僕は切なくて『第6』や『第7』の方を聴いてしまいます。役者ではない等身大のマーラーがそこには存在するように思います。

第1楽章 葬送行進曲
第2番『復活』の第1楽章も葬送行進曲ですが、この曲の方がヘビーです。痛々しさが伝わってきます。僕がこの曲に億劫なのは、この第1楽章が重いのが大きな原因です。

第2楽章 嵐のような音楽
まるで土煙が舞い上がる戦場のような音楽です。トランペットは戦場で戦い抜くための強い意志のようにリアルに響きます。この曲は具体的な戦場を描いたものではありませんが、おそらくショスタコの第7交響曲などを差し置いて、戦場の臨場感と言う点では随一ではないでしょうか

第3楽章 スケルツォ
マーラーの交響曲定番のレントラー風舞曲。痛々しい現実を離れ、子供の憧憬にしばし浸ります。

第4楽章 アダージェット
つかの間の幸福を永遠に惜しむかのような音楽です。アルマという美しい妻を得て、この幸せは続くのだろうか。今の幸せは過去のものになるだろう、「自分は幸福にはなれない男だ」という潜在意識が、知らず知らずのうちに幸福を壊そうとします。幸せを素直に受け取れないという、考えてみれば不思議な音楽です。この曲は映画『ヴェニスに死す』(トーマス・マン原作)で一躍有名になりました。「つかの間の幸せを惜しむ」というこの音楽の与える情感は、この映画のテーマにぴったりです。

第5楽章 フィナーレ
現実はそこまで悲嘆するものではないと前向きに生きようとする音楽です。第4楽章の幸せを惜しむような旋律が、生き生きと感動的にオーケストラで演奏されるのが印象的です









posted by やっちゃばの士 at 23:30| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | マーラー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月07日

ブラームス ピアノ四重奏曲第2番イ長調

 ちょっとした小春日和のような暖かさが感じられる1日でした。空気は冷たいのですが、日のぬくもりを受けて、今まで寒さの中でじっと固まっていた何かが動き出しそうな期待感をかすかに抱きました。

春は近くまで来ているかわいい


 真っ青な空の下、冷たい風に揺れる一面のすすきとすっかり葉を落としてしまった木々。寒さの中にも、明るい希望が・・・。このような日には、

日溜まりの音楽晴れ


を聴きたくなります。日溜まりの情緒を感じさせてくれる作曲家といえば

シューベルト
ブラームス

この2者の右に出る者はありません。今日はブラームスの日溜まり情緒に満ちた傑作ということで、

ピアノ四重奏曲第2番イ長調

ブラームスのピアノ四重奏曲と言えば、第1番ト短調がもっぱら有名で、2番は変化に乏しく平明であるという評価をされてしまって目立たない存在となってしまっています。ウィキペディアの解説も未だに書き込みがありません。でも、ちょっと待ってください。第2番は第1番に劣らないばかりか、第1番にはない魅力を持った傑作です。

第2番の特徴は

壮大なスケール(ブラームスの室内楽の中で最も演奏時間が長い)
一度聴いたら忘れられない特徴的なリズム
音色が豊かで、オーケストラのような響き
陰影に富んだ豊かな叙情


そして

冬の晴れた日にかすかな期待と郷愁を抱かせる詩情(主観的ですが)


です。このことから、第2番は第1番の陰に隠れた存在なのではなく、第1番と対をなす存在であると言えます。ブラームスのピアノの室内楽の作品は

ピアノ三重奏曲・・・3曲
ピアノ四重奏曲・・・3曲
ピアノ五重奏曲・・・1曲


ですが、質と量を考えると四重奏曲が群を抜いていると思います。


第1楽章アレグロ
穏やかな特徴的なリズムを持つ主題で始まる。単純な主題が油絵の具の重ね塗りのように重厚な音楽に発展していく。第2主題のリズムはもっと特徴的で一度聴いたら忘れられない。主題展開部では、第1主題と第2主題がシンフォニックに展開され、オーケストラを聴いているような迫力がある。


第2楽章アダージョ
晴れた真冬の湖面に映った景色を見ているような情緒がある。しばしば表れる弦とピアノの弱音が印象的。移ろう若者の心の変化を表現しているのだろうか。


第3楽章スケルツオ
力強い舞曲。若者のエネルギーに満ちている。


第4楽章フィナーレ。アレグロ
新しい朝日を浴びて、新たに出発するようなはじまり。第1番と同じようにジプシー音楽が顔を出す。




posted by やっちゃばの士 at 17:48| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ブラームス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月09日

キワードクラシック「冬」B

 今日の東京は1日曇り空。とても冷え込んで、今にも雪が降りそうな空模様でした。ということで今日のキーワードも「冬」を連想する曲を。

 「冬」と言えば北欧の雄シベリウスの右に出るものはありません。凍りついたような冬の情緒を味わうならシベリウスの次の曲がおすすめです。

交響曲

交響曲第1番ホ短調
厳しい寒さの中に生きる強くたくましい意志の力を感じる曲。青年期から壮年期へ新しい意欲と自信がみなぎっている。荒々しい自然、冬の夜の子守唄、春の訪れへの期待など様々な心象が浮かぶイマジネーション豊かな曲。

http://yachaba.seesaa.net/article/90142780.html

交響曲第4番イ短調
暗く陰鬱な冬の空。第1番とは違って室内楽的な響きを持つ。暗くて不安な内面世界をかすかな光を求めて彷徨うような音楽である。病のあとに作曲された。

第1楽章 冬の灰色の空に閉ざされた世界。第1主題は闇に浮かぶ太陽のような雄大さがある。口ずさむようなメロディが皆無。

第2楽章 久々に姿を現した太陽と青空。やがて暗闇がしのび寄る。弦のトレモロで下降する音楽が再び闇へと運んでいく

第3楽章
再び暗闇へ。第1楽章は感情がない無機質な音楽だったが、こちらでは悲しみの感情が表れている。

第4楽章
再び青空へ。青空の下、氷の浮かぶ港を出発するような情緒がある。音楽は非常に軽やかで鉄筋の響きが、苦難を乗り切った作曲家のすがすがしい心境を表しているようである。

posted by やっちゃばの士 at 23:14| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | シベリウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月11日

キーワードクラシック「冬」C

 今日もシベリウスということで

シベリウスA


管弦楽曲
交響詩『エン・サガ』(ある伝説)
シベリウス初期の交響詩で、最初の成功作。荒々しいが印象的な主題が特徴的です。厳しい冬(困難、課題)を強い意志を持って前へ進もうとする作曲者の心が感じられます。


交響詩『夜の騎行と日の出』
闇夜の林を馬に乗って駆けていく情景と心の状態が表現されています。先回の記事の第4交響曲と似たところがあります。病になった経験がこの曲にも反映されているようです。やがて、闇夜が開け、朝日と小鳥のさえずりが旅人の心を晴れやかな心にしてくれます。


シベリウスは交響詩を多く作曲しました。大編成オーケストラの交響詩の質と量ではリヒャルト・シュトラウスと肩を並べる存在です。大編成のオーケストラというと、非常に音響効果を狙った外面的な音楽を想像しますが、両者とも実に内面的な世界を描き出しているのが特徴的です。

協奏曲

ヴァイオリン協奏曲ニ短調
作曲家自身が第1楽章の第1主題を「極寒の澄み切った北の空を、悠然と滑空する鷲のように」と述べています。僕の主観的な感想を述べるまでもなくこの曲は冬をイメージさせる曲です。

第1楽章
ヴァイオリンの冷たく透明感のある旋律によって始まる。オーケストラは逆にほの暗く、盛り上がりそうで盛り上がらない。第1交響曲や第2交響曲のような盛り上がりを期待する人は、もどかしさを感じるはずである。
第2楽章
第1楽章とは対照的な温かみのある音楽。真冬の夜、暖炉の中で燃え続ける炎のように暖かい。

第3楽章
ロンド。軽やかな音楽が展開される。

シベリウスの協奏曲はこのヴァイオリン協奏曲1曲のみです。ピアノ協奏曲なども残して欲しかったですね。



posted by やっちゃばの士 at 23:04| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | シベリウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月14日

ハイドン 交響曲第88番ト長調『V字』

 かなりヘビーな曲が続いたので、軽めな曲を。ということでハイドンを聴いてみたいと思います。

ハイドン風

という言葉が存在します。この言葉は、ロマン派以降交響曲が重厚肥大化する中で、その流れに逆行するかのような「あえて軽めでシンプルな曲」の例えとして使います。例えば

ショスタコーヴィッチの交響曲第9番
プロコフィエフの古典交響曲


などの曲を一言で説明するとき「ハイドン風の交響曲」といえば、「短くて軽い」曲なんだなあとクラシックファンは想像できるわけです。

ところである一つの疑問がここで生じます。

ハイドンの音楽は本当に軽いのか

 ハイドンは数多くの作品を量産しました。交響曲は全部で104曲。その中でよく知られているものは、ある程度のクラシックファンでも20曲程度ではないでしょうか。そう意味では成功ヒット率は低く、内容のない作品をたくさん作ったという見方ができます。また、モーツアルトやバッハのように深く心を揺さぶる作風ではありません。したがって、軽いと見られる傾向があるようです。

 しかし、上記のような見方は他の大作曲家と比較相対した場合の評価です。他の大作曲家のことを忘れて、素直に聴いてみると、おもしろい発見や、ある種の爽快さを感じることができます。ということで、ハイドンの凄味がわかる1曲

交響曲第88番『V字』

 ニックネームの『V字』にはたいした意味はありません。ただ、この曲の楽譜の番号がVであっただけのことです。V字のような音楽を期待するとがっかりしますのでご注意下さい。

 それでもあえてV字に意味を持たせようとすることは無意味であるとも思いません。なぜなら、この曲は

ハイドンの凄味が見事に表れている

からです。ハイドンの凄味とは

平凡な主題を徹底的に反復展開すること

このことは、実はクラシック音楽の原点であり、後世の作曲家に大きな影響を与えました。また、この主題の展開というのは他の芸術、しいてはビジネスにも活かせる方法なので、現代の僕たちにとっても頭のトレーニングになるのです。

原点と頭のトレーニング

これこそが、音楽がそこそこ単純明快であるからこそ楽しむことができるハイドンの音楽の特徴なのです。

第1楽章アレグロ
弦楽器による地味でさわやかなアダージョの序奏で始まる。やがて単純な第1主題。そして第2主題。感動的なメロディがあったり、奇抜な仕掛けがあったりするわけではない極めて平凡な主題なのですが、これらが、徹底的に有効に展開されていく。もう本当に聴いていて、爽快で気持ちがいい。

第2楽章アダージョ
穏やかだが、歌心に満ちていて、変化に富んだ変奏曲。ブラームスが「自分の交響曲はこのように響かせたい」と賞賛した。

第3楽章 メヌエット
力強い舞曲。中間部ではバグパイプのような力強い響きが聴かれる。ハイドンはバグパイプのような響きが好きなのかな。ちなみに、ハイドンとバグパイプと言うことで僕の主観的な記事を少し。

http://yachaba.seesaa.net/article/107837606.html

第4楽章アレグロ
軽快で力強い音楽。ベートーヴェンを感じさせるようなところがある。



posted by やっちゃばの士 at 22:48| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハイドン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月17日

キーワードクラシック「ひばり」

 先日は春一番が吹き荒れ、汗を流しながら仕事をしていたものですが、今日は一転すごく冷え込みの厳しい1日でした。

それでも


三寒四温

これから徐々に暖かくなっていくのでしょうね。2月という月は、寒いけど寂しい月ではないですね。なぜだろうと考えると、


やはり日が段々長くなっているからでしょうか。暖かい日差しが妙にまぶしいお昼時、青空を見ていると、ぽかぽかした田舎の田んぼの風景が思い浮かびます。

菜の花
つくし

そして

ひばり

ひばりは「うぐいす」「つばめ」と並ぶ春の代表的な鳥です。その特徴は、田園上空でせわしなく響く鳴き声にあります。クラッシク音楽には多くの鳥が登場しますが、今日は「鳥」ではなく「ひばり」をキーワードにしてみました。

「ひばり」と言えばなんと言っても、

ハイドンの弦楽四重奏曲第67番『ひばり』

です。この『ひばり』というニックネーム、実は作曲者ハイドンが名づけたものではありません。したがって、『ひばり』をイメージして作曲された曲でもありません。第1楽章の優雅な第1主題が『ひばり』を連想させることから、誰かがこのニックネームをつけたようです。

それにしても、この『ひばり』の主題は、

優雅で歌謡的です。

おそらく一度聴いたら、忘れられない旋律です。ひばりというと、聴覚的には、もっとせわしないイメージがあるのですが、この主題はゆったり落ち着いています。おそらく、「ひばり」を視覚的なイメージで捉えているのではないでしょうか。

そして、主題が美しいだけで終わらないのがハイドンです。この主題は入念に形を変えて展開されていきます。



それから、もう1曲

ヴォーン・ウィリアムズのヴァイオリンと管弦楽の小品『揚げひばり』

ちなみに、「揚げひばり」とは、春の野に飼っているひばりを放し、さえずりと共にその高さを競うという、昔の日本にあった遊興のことです。この曲のタイトルですが、英語では

The Lark Ascending

なので、「舞い上がるひばり」といったタイトルの方がふさわしいような気がします。この曲は、作曲者自身が「ひばり」の姿をイメージして作曲したものなので、まさに「ひばり」そのものです。ただ、作曲者は春ではなく、夏の景色をイメージして作曲したようです。それでも、日本人の感覚から言えば、この曲を聴けば、春の情緒が漂ってくるはずです。

優雅で大変ロマンティックな音楽です。

ちなみに、作曲者は次のような詩に触発されて作曲しました。


ひばりは空に舞い上がり
くるくると回り始め
歌を歌う
それは銀の鎖
フォルテッシモやピアニッシモ、スラーにトリル・・・
いろいろな輪っかが えんえんとつながっている鎖

歌の鎖は天まで届いて 地上には愛があふれる
どこまでも高く高く ひばりがはばたいていく
谷はきらきらと輝いて ひばりの杯になる
ひばりの歌がぶどう酒となって 杯を満たす
我らも天にのぼる ひばりとともに

そして ひばりは 光の輪の中に消えた
あとにただ歌の幻だけを残して



posted by やっちゃばの士 at 22:06| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハイドン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月20日

シューベルト弦楽四重奏曲第14番二短調『死と乙女』

 今日は冷たい雨が朝から降り続いています。この時期の雨は、春を予感させるところがあって僕は好きです。

 それでも、日本海側では大雪だそうです。まだまだ春を感じるには早いかもしれませんね。ということで


冷たい雨の音楽雨


を考えてみたいと思います。


雨の音楽と言えば


よく知られたものでは

ブラームスのヴァイオリンソナタ『雨の歌』
ショパンのピアノ曲プレリュード『雨だれ』



僕の独断では

ブラームスのチェロソナタ第1番
ブラームスのピアノ四重奏曲第1番
ヴィラ・ロボスのブラジル風バッハ第3番


などがありますが、

冷たい雨には

シューベルトの弦楽四重奏曲の『ロザムンデ』と『死と乙女』

を聴いてみたくなります。


『ロザムンデ』の1楽章は、まるで
しとしとと冷たい雨が降り続いているかのようです。


『死と乙女』の第1楽章は、
激しい雨に打たれているような情緒があります。

この2曲は続けて作曲されたもので、ほの暗い情緒を持つ点や、第2楽章に自作の歌曲の旋律を引用している点で、曲想が非常に似通っています。

この曲想にぴったりくるのはやはり

冷たい雨

だと思います。


ところで、シューベルトの音楽を聴いていていつも思うのですが、彼の曲は、歌心に満ちていて、美しいのですが、どこか悲しいのです。


春が来そうで来ない音楽

「春は来ているのだが、自分の心に春が訪れない」そんな思いが、よりいっそう春の音楽を美しくしているように思います。






posted by やっちゃばの士 at 10:37| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | シューベルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月28日

シューマン ピアノ協奏曲イ短調

 ここのところ寒い雨の日が続いていますね。春を思いながら、シューマンのピアノ協奏曲を久々に聴いてみました。

 この曲を聴いて、僕がいつも感じること、それは、

シューマンは幸福な人生を送ったのだろうか

ということです。ご存じの通り、シューマンは40歳を過ぎてから、精神に異常を来すようになり、44歳の時、ライン川に飛び込みました。したがって、決して幸せな人生とは言えないのですが、彼の境遇を見ると、

愛妻クララとの夫婦生活
クララとの間に8人の子供
独創的な音楽の才能
優れた文筆力


といった申し分のない環境、才能に恵まれていました。そんな彼がなぜ飛び込み自殺を試みほど悩んだのでしょうか。僕が思いあたるのは、次の2つの点です。

ベートーヴェンのような大曲への固執
社会的には成功したと言えない



 シューマンが作曲家を目指した動機は、ベートーヴェンのような大作曲家になりたいというものでした。ところが、彼はベートーヴェンのような大曲は苦手でした。彼の得意とするところは、歌曲やピアノ曲などでポエジーを発揮することだったのです。別の言い方をすれば、フォーマルではなく、インフォーマルでこそ力を発揮した作曲家なのです。大曲と小曲、フォーマルとインフォーマルの間を不器用に行き来しながら、大曲、フォーマルでの成功を果たすことが究極的な成功なんだと思っていたのではないでしょうか。

 シューマンは職業的にも成功したとは言い難いです。作曲だけでは食べていけないので、指揮者などをしなければならなかったのですが、彼にはあまりいいポストが回ってきませんでした。独断ですが、大曲、フォーマルでの成功がないから、いいポストが回ってこないと彼は考えていたのかも知れません。

 さて、シューマンは躁鬱がひどい人でしたが、一般的に躁鬱がひどい人は、他人の評価を気にする傾向が強いと言われています。べートーヴェンのような大曲が書けないという自分の理想とのギャップ、そのために社会に思ったほど評価されないといった鬱積した思いがあったのかも知れません。

 前置きが長くなりましたが、ピアノ協奏曲はシューマンのいい面が全面的に出た傑作です。シューマン的ポエジーに満ちています。

シューマン的ポエジーとは

夢見るような抒情
妻や子供たちへの愛情
ロマン的なものへの憧れ


などです。

第1楽章
劇的に始まりますが、とても暖かい響きを持っています。クララとの愛を表現しているかのようです。短調ですが寂しさがありません。

第2楽章
シューマン的間奏曲。家庭での夢見るような幸福な生活が思い浮かんできます。

第3楽章
シューマン的勝利の行進曲。これでもかというくらい、しつこく繰り返される喜びの主題が印象的です。ちょっと躁的な音楽です。

 この曲は大曲であると言えますが、ベートーヴェンの大曲とはずいぶん違います。ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番『皇帝』がピアノ協奏曲の王様なら、この曲はピアノ協奏曲の女王だと言われることがありますが、この表現は的を射ていると思います。

 シューマンはピアノとその他の楽器を用いた曲をたくさん書きましたが、この曲はその中の3大傑作のひとつだと僕は勝手に位置づけています。

シューマンのピアノコラボ3大傑作

ピアノ協奏曲イ短調
ピアノ四重奏曲変ホ長調
ピアノ五重奏曲変ホ長調




posted by やっちゃばの士 at 23:11| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | シューマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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